『記憶のデザイン』、『独学大全』

近所の本屋に閉店のお知らせが貼ってあった。いまの部屋に引っ越してきてからの数年間、よく足を運んで本を買った店だ。特に目的もなく本棚を眺めるのも好きで、お決まりのコースができていた。
 
まず入ったら右に歩いて、雑誌コーナーへ向かう。なにかしら気になるものが目に入ってきて手に取る。それからエッセイ、ノンフィクション。おおよその並びは覚えているので、新刊があるとすぐにわかる。次は人文と自然科学の棚が向かい合うゾーンへ。本棚の幅に対して、仲正昌樹がやけに充実していて誰かのこだわりかなぁとか思う。折り返して、政治・経済と見て・・・と続く。
 
こんな風に空間や本棚と結びついた記憶がある。他にも本屋はあるし、本はネットで買えるけれども、あの空間を歩きながら思いをめぐらすことはもうできない。
 
 
ちょうど読んでいた山本貴光『記憶のデザイン』(筑摩書房によれば、自分の記憶は自分の中だけで成り立っているのではない。外の環境と関わり合いによって生じている。この本では、膨大な情報がおしよせる環境にあるいま、どんな記憶の状態がよいだろうか、ということを考えていく。

記憶のデザイン (筑摩選書)

キーワードは「エコロジー」で、生態学という意味(地球に優しいではなくて)。記憶を個人のスタンドアローンなものとしてではなく、環境との関係全体としてとらえようというわけだ。エコロジーを自然、社会、技術、精神の4つにわけて整理している。

 
自然のエコロジーは、記憶の最も基礎的な土台を提供する。記憶は生物が進化の過程で獲得したものである。それは脳の役割のひとつであり、インプットされる情報は身体の五感を通ってくる。
 
社会という観点も重要。記憶は個人の経験以上のものを含んでいる。誰かの記憶が言葉になり、その言葉が誰かの記憶になる。そのようにして、記憶は社会のなかで共有され、時代をこえて歴史となる。
 
技術と記憶も大いに関係している。変化のスピードも早く、最も今日的な観点といえるかもしれない。たとえば、コンピュータとインターネットによって、触れることのできる情報が桁違いに増えた。その結果、記憶を共有しやすくなったという側面もあれば、多すぎて覚えていられないという側面もある。また、ネット上に情報が残り続けてしまって「忘れられる権利」が主張されたりもする。
 
最後に精神のエコロジー。たとえば、意志と記憶の関わり合いは、いまだ明確ではない。必死に覚えようと思っていることもあれば、なぜか覚えていることもある。あるいは考えて思い出すこともあれば、ふと思い出すこともある。
 
 
これらのエコロジーを前提にして、よりよい環境を考えていく。とりわけ、いまのコンピュータと人間の記憶の相性について、著者の問題意識とオルタナティブな構想が興味深い。書棚をベースとしてスケッチされている「知識OS」はぜひ見てみたい。
 
 
***
 
 
読書猿『独学大全』(ダイヤモンド社は、独学の手法を網羅的に解説した本。これも人と環境の関わりのなかで学びをとらえていく、エコロジー的な観点が印象的だった。

独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法

我々が学ぶこと、考えること、自己コントロールすること等を助けるツールたちを、アンディ・クラークに倣って外部足場(Scaffold)と呼ぼう。
我々はただ脳のみで思考するのではなく、外部環境にあるこれらの外部足場と協同しながら思考している。
ここでいう外部足場には、さまざまなものが含まれている。ペンで紙に図を描いたり、コンピュータで計算したりというような道具もあれば、参考文献などもあてはまる。さらには学習のスケジュール、学びの仲間や先生もふくまれる。
 
思うに、エコロジー的な観点をぬきにすると、意志の問題が前面にでてくる。なにかをするのに必要なのは強い意志であり、強い意志さえあればなんでもできる。できないのは意志がないからだ、というふうに。
 
しかし、学びは自分(の意志)だけで成り立っているのではない。さまざまな足場があってこそ継続できる。(もちろん、強い意志をもって継続できる人は、それでかまわない)
 
かといって、独学は誰にでもできるとか、するべきだとは言っていない。むしろ大変さの方が強調されていて、やりたくなければやらなくていいというスタンスを貫いている。学校はその大変さを緩和してくれる足場だ。
 
 
それでも学ぶことを諦められない人に向けて、本書は書かれている。学びたいけれども続かない、続かないけれど学びたい人を支援する。「意志を強くもて」とは違うしかたで。
 
その方法は、自分の学びを支えてくれる外部足場をつくる、ということになる。豊富な技法を具体例とともに紹介していて、とても参考になる。
 
例えば、「コミットメントレター」。やり方は、だれかに勉強の計画を渡すだけ。なにか指導を頼むわけではなくて、渡すだけ。「他人は意志にまさる」とあるが、自分の外に計画があることが足場になる。SNSで宣言するとか、読書会も同じ効果がある。
 
コミットメントレターに関連して、あるストーリーが描かれる。英語の勉強で悩んでいる人が、先輩にメールを送る場面が妙に印象的。

ある本で読んだ「コミットメントレター」というやり方があるのですが、その受取先を先輩にお願いしたいのです。

私からその週に勉強する計画を書いてただ送るだけです。

お返事も、読んでいただくことも、不要です。ただ「宛先」になっていただきたいのです。

たぶんブログを書くのもこれに近い。また公開することを前提に書くと、書く前に思っていたのと違うことに思いいたる(精神のエコロジー)。これが楽しくて、なんだかんだで4年くらい続いている。

  

 

記憶のデザイン (筑摩選書)

記憶のデザイン (筑摩選書)

  • 作者:貴光, 山本
  • 発売日: 2020/10/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

 

 

kinob5.hatenablog.com