将棋ノンフィクションを読む02――『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』、『天才 藤井聡太』

今年の7月、藤井聡太七段は早くも2回目のタイトル挑戦をしていた。相手は、前年に最年長で初タイトルを獲得した木村王位。最年少と最年長、対照的な組み合わせになった。

樋口薫『受け師の道 百折不撓の棋士木村一基』は、木村の修業時代からタイトル獲得までの半生を描く。百折不撓(ひゃくせつふとう)とは、木村の座右の銘で、「何度失敗してもくじけないこと」という意味だ。その言葉に現れているように、タイトルへの道のりは険しいものだった。

受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基

23歳でプロデビューして、初めてのタイトル挑戦は32歳。そこから計6回の挑戦に失敗している。対戦相手は、渡辺、羽生、羽生、深浦、羽生、羽生。3連勝で王手をかけてからの4連敗ということもあった。

タイトルを目前に、何度も悔しい思いをした。それでも折れずに戦い続け、2019年、46歳にして初めてのタイトルを獲得した。最年長でのタイトル初獲得。当時の熱のこもった報道の裏側にあった物語を知ることができ、あらためて感慨にひたる。

 

木村九段には「千駄ヶ谷の受け師」という異名がある。千駄ヶ谷将棋会館の場所、受け師は棋風からきている。棋士の指し手の特徴、いわゆる棋風は、大きく攻め将棋と受け将棋に分けられる。敵陣へ攻め入るか、敵の攻めを受け止めるか。木村九段は受け将棋を代表する棋士で、力強い受けが名局を生み出してきた。

 

もうひとつ、「将棋の強いおじさん」というあだ名もある。将棋の強いおじさん。軽快なトークと親しみやすい雰囲気が人気で、ファンからそう呼ばれている。

たしか僕が将棋を見始めたころ、解説に夢中になったのを覚えている。そのときの解説者が木村八段(当時)や藤井猛九段だった。雑談を交えて笑いをとりながら、わかりやすく盤面を解説していた。

難解な局面であっても、丁寧に読みをいれていくことで、初心者でも手順を理解することができる。そんなメッセージすら感じられ、将棋の難しさに気後れしていた僕には、新鮮で爽快だった。それから将棋を観る楽しさがわかってきた。

 

木村九段の解説への思いは、本書収録のトークショーでも語られている。人柄がよく伝わるところだと思う。

私は将棋を指すより解説をした方がいいんじゃないかと思っていた時期がありまして(会場笑い)、まあ今でもありますけど、人の考えた手順をどう表現するか、いまでも課題なんですね。それがうまく表現できれば、将棋の世界はとても面白いものになると確信しているんです。その表現の方法をうまく考えたいなあ、工夫したいなあということは思っていますね。

 

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中村徹・松本博文『天才 藤井聡太も手に取る。文庫化されたのは2018年だから、もう2年ほど前ということになる。内容は、師匠との修業時代、プロデビューからの29連勝、そして若手棋士とトップ棋士のインタビュー。

天才 藤井聡太 (文春文庫)

師匠・杉本昌隆は、適度な距離を保ちながら、強くなっていく藤井を見守る。将棋に打ち込む濃密な時間。将棋の細かい指導はせず、本来もっているものを伸ばすことを意識したという。師弟という独特な関係が、近すぎず遠すぎずでいいなぁと思う。

 

この本は2018年刊なので、藤井二冠がデビューからしばらくして、トップ棋士と当たるようになってきたころ。この数年のめまぐるしい動きは含まれず、時期としてはやや前に感じる。でもだからこそいま読むと、当時とどう変わったのか、また変わっていないのかが見えたりする。

 

藤井二冠の変わったところでいうと、ますます将棋に隙がなくなった。序盤でリードを奪われても逆転できる終盤力に注目が集まったが、いまでは序盤から細かいリードを重ねてそのまま逃げ切る。タイトルを獲るのも自然、という雰囲気さえ感じる。

 

インタビューや感想戦での姿勢や態度は、昔から変わらずしっかりしていて、言葉を丁寧に選ぶ。なかでも、棋聖獲得後の会見で話した、AI以降の将棋界についてのコメントが印象的なので書いておきたい。

「今の時代においても、将棋界の盤上の物語は不変のもの。その価値を自分自身も伝えられたらと思います」

(北野新太「天翔ける18歳」, Number 1010号)

 

若手棋士とトップ棋士の周りのインタビューからは、強敵への危機感や新しい才能への高揚感を感じられる。それからどうなったのか、答え合わせ的な楽しみ方もできる。渡辺竜王(当時)の2017年のインタビューが、率直でおもしろい。

今年の竜王戦(七番勝負)で戦ってみたかったですか・・・・・・?

「戦いたくなかったです。中学生と戦う心の準備は出来なかった。せめて高校生になってからにしてよ、と思いました(笑)」

この対局は実現しなかったものの、今年の棋聖戦で高校生になった藤井がタイトル初挑戦したのは、渡辺だった。

 

この先、藤井二冠がどこまで勝ち進んでいくのかが楽しみだ。それとセットで、ベテラン棋士が貫禄をみせるところもより楽しみになる。さらに藤井二冠より若い世代もでてきて、ますます目が離せない。

 

 

受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基

受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基

  • 作者:樋口薫
  • 発売日: 2020/06/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

天才 藤井聡太 (文春文庫)

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Number(ナンバー)1010号[雑誌]

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  • 発売日: 2020/09/03
  • メディア: Kindle
 

  

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