自選記事10(2025秋)

ちょうど1年前にこの記事を書いたことを思い出して、今年もやろうかなと思いました。

kinob5.hatenablog.com

 

このブログには中心的なジャンルやテーマがありません。個々の記事はばらばらのことを書いていますが、振り返ってまとめてみるとなにかしら見えてきそうです。

というわけで、10本選んでみました。

 

  • 本を2冊ならべて~『人文的、あまりに人文的』、『読書は格闘技』
  • 『都市は人類最高の発明である』、『アナログの逆襲』
  • 話しことばと書きことばのあいだに~『編集の提案』、『「まちライブラリー」の研究』
  • 方法から考える~佐藤雅彦『作り方を作る』、沢木耕太郎『紙のライオン』
  • ノンフィクションの書き出しを読もう――好きな国内作品20
  • 伊藤憲二『励起 仁科芳雄と日本の現代物理学』
  • 山際淳司『スポーツ・ノンフィクション傑作集成』①
  • ウェイド・デイヴィス『沈黙の山嶺』
  • 偶然の感覚――松家仁之『火山のふもとで』を読んで
  • 「その2人の関係」としか、言いようがない

 

続きを読む

方法から考える~佐藤雅彦『作り方を作る』、沢木耕太郎『紙のライオン』

横浜美術館で開かれている佐藤雅彦展を見に行った。平日の昼間なのに入場待ちするくらい人気だった。

だんご三兄弟ポリンキーピタゴラスイッチなどそれぞれの作品のことは知っていたが、佐藤雅彦という名前で結びついたのはわりと最近のこと。あれもこれもそうなのかと驚いた。広告、ゲーム、教育など、1人の仕事とは思えないほど活躍の幅が広い。その秘密をかいま見ることができた。

 

家に帰ってすぐに、展覧会の図録『作り方を作る』(左右社)を読んだ。図録といいつつ、作品の解説以上のことがかなり書かれていて、自伝的に経歴全体をストーリーとして読むおもしろさがあった。

作り方を作る 佐藤雅彦展公式図録

話は大学時代から始まる。佐藤は教育学部に進んだ。

「教育学」には教育理念や教育行政などさまざまな教育分野がありますが、私が関心を持っていたのは、ひとつだけ。教育方法でした。

数学や物理などとっつきにくい教科も、主体的に関心を持って、つい学びたくなるような教育方法はないだろうか、といろいろ思いを巡らせていました。当時の仲間と今でも会うことがあるのですが、「あの頃、佐藤は、事あるごとに『方法!方法!』と叫んでいたなあ」と笑われます。(p.19)

方法へのこだわりは、その後の広告の仕事でも発揮されることになる。いままでに見たことのない画期的なアイデアが求められる分野で、「作り方が新しければ、自ずとできたものは新しい」という考えのもと、新しい方法を構築していく。

 

展覧会で見て衝撃を受けたものに、湖池屋スコーンのCMがある。社交ダンスのリズムにのせて、商品名を繰り返す。どうやったらこんなことを思いつけるのかわからない。見てから1週間、頭のなかをこの音声がまわりつづけて困った。


www.youtube.com

続きを読む

ローレンス・ライト『倒壊する巨塔』

〈現代史アーカイヴス〉の3作目、ローレンス・ライト『倒壊する巨塔 アルカイダと「9.11」への道』(訳・平賀秀明を読んだ。全世界を揺るがした2001年9月11日の同時多発テロ、いわゆる9.11について書かれている。

倒壊する巨塔(上):アルカイダと「9.11」への道 (現代史アーカイヴス・第1期)倒壊する巨塔(下):アルカイダと「9.11」への道 (現代史アーカイヴス・第1期)

個人的に、9.11は記憶に残っている最初の世界史的な事件だと思う。なぜか小学校へ向かって坂を歩きながら見た青空の風景と合わせて、煙をあげるビルのイメージが記憶されている。ことの重要性はわかっていなかった。それでも夜の7時のニュースで繰り返し見たことは覚えている。テロという言葉もこのときに知った。

 

9.11のノンフィクションと聞いて最初に気になったのは、物語をどこからはじめるのだろう、ということだった。あまりに大きく、いくつもの人生と文脈が交錯している。はじめかたによって作品の性格は大きく変わってしまうだろう。

多くの人にとって9.11の物語は9月11日に始まった。被害者にしてみれば9月11日が始まりであり、すべてかもしれない。突然始まって終わった無数の物語がある。一方で、犯行グループが掲げたいのは何世紀も前からつづく物語かもしれない。

続きを読む

デイヴィッド・レムニック『レーニンの墓』

白水社のノンフィクションシリーズ〈現代史アーカイヴス〉の2作目、デイヴィッド・レムニック『レーニンの墓 ソ連帝国最期の日々』を読んだ。たいへんな読書だった。まともに受け止めきれていない。


著者は1988年から1991年までの4年間、ワシントン・ポストのモスクワ駐在記者として過ごした。その取材は、結果的にソ連の最後の日々をとらえたものとして本作にまとめられ、ピュリッツァー賞を受賞している。

レーニンの墓(上):ソ連帝国最期の日々 (現代史アーカイブス・第1期)レーニンの墓(下):ソ連帝国最期の日々 (現代史アーカイブス・第1期)


この作品の内容は、「ソ連崩壊」とひとことで言ってしまうこともできる。世界史の年表なら1行、教科書なら1段落かもしれない。その1行や1段落にどれだけのことが起きたかを、800ページほどの分量でみせてくれる。

その内実は複雑で、政治の動きだけにしぼっても把握しきれない。あまりにわからず、一度読むのをやめて教科書レベルのことを確認した。遠くなったレーニンの時代があり、大きな影響を残し続けるスターリン第二次世界大戦の時代があった。スターリンの死後しばらくして、スターリニズムとの距離を模索する時代へと動き始めていた、くらいの雑な理解をしてまた本に戻った。


ゴルバチョフやサハロフなど政治的な主要人物がいる。他方で、そこに生きるひとりひとりにも個別のストーリーがある。有名人に限らず、その時代を生きた人を幅広く取材したことに本書の特色があるように思う。レーニンの側近やその子孫、共産党幹部から農村や炭鉱で働く貧しい人まで、ときに一人称で取材プロセスも交えながら書いている。

続きを読む

ノンフィクションの極北――海老沢泰久『F1 地上の夢』

少し昔のノンフィクションをあれこれ読んでいる。沢木耕太郎山際淳司の作品を起点に探したときに、よく見る作家のひとりが金子達仁で、もうひとりが海老沢泰久だった。

海老沢泰久の作品は、「嫌われた男 西本聖という短編だけ読んだことがあった。増田俊也が編んだスポーツノンフィクションのアンソロジー肉体の鎮魂歌に入っていて、この作家の文章をもっと読んでみたいと思った。

この前、旅行の途中で立ち寄ったブックオフ札幌南2条店で本棚をながめていると、海老沢の名前に目がとまった。ただ栄光のために 堀内恒夫物語F1 地上の夢があったので両方買い、帰りの飛行機で『F1』を読み始めたら止まらなくなってしまった。

 

F1地上の夢 (朝日文芸文庫)

海老沢泰久『F1 地上の夢』は文庫版で500ページほどの長編で、1986年の雑誌連載をもとに翌年刊行された。1986年にホンダは初めてF1チャンピオンになった。その年を終着点として、1960年代から動き出したモータースポーツへの挑戦の軌跡が記されている。

1960年代初頭、本田技研工業はまだ二輪車メーカーだったが、四輪車への参入を決めるのと同時期にF1参戦を表明した。F1カーの心臓部といえるエンジンの開発者たちが本書の主人公である。

本田宗一郎は、自分の技術に対して絶対的な自信を持っており、その技術で良い製品をつくれば必ず成功すると信じていた。それは大正十一年に静岡県の高等小学校を卒業して、東京本郷の自動車修理工場に修業にはいったときからの信念であった。そしてその信念は、現在にいたるまでホンダのよき伝統として受けつがれていくのだが、本田宗一郎が普通の技術者とちょっとちがっていたのは、ただたんに良い製品をつくるだけでは満足しなかったことである。

本田宗一郎に文字どおり叩き上げられた久米是志や川本信彦は、口をそろえていっている。

「おやじさんは、人と同じものをつくるのを徹底していやがった。いつも独自のものをつくって、おれっちのつくったものはよそのとはちがうと誇示したがった」

つねに新しいものへの興味と冒険心に満ちあふれていたのである。 (p.31)

続きを読む

2025年上半期に読んだ本ベスト10

2025年の上半期に読んだ本のなかから、良かったものを10冊選びました。フィクションとノンフィクションをそれぞれ5冊です。この半年では、長めの作品をじっくり読むことができたかなと思います。

「物語の力」が人を救う

 

フィクション

松家仁之『火山のふもとで』(新潮文庫

火山のふもとで(新潮文庫)

上半期はこれを読めたのがとてもよかった。薦めていた人たちに感謝したい。別の著作も気になるところ。感想はこちらに。

kinob5.hatenablog.com

 

R・F・クァン『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』(訳・古沢嘉通東京創元社

バベル オックスフォード翻訳家革命秘史 上 (海外文学セレクション)バベル オックスフォード翻訳家革命秘史 下 (海外文学セレクション)

19世紀、大英帝国のオックスフォードにバベルと呼ばれる塔がある。ここでは翻訳家が魔法を研究し、社会インフラとして運用されている。それは利便性をもたらす一方で格差の根源にもなっている、という設定。主人公ロビンは中国からバベルの世界へと移され、仲間と共に厳しい修行を日々を送る。やがてこの世界のしくみに違和感をもちはじめ、革命へと動き出す。魔法の設定とスリリングな展開が魅力的だった。

続きを読む