将棋ノンフィクションを読む03――『証言 羽生世代』、『不屈の棋士』

だれもが知る棋士羽生善治の世代には何人もの強豪棋士がいる。いわゆる羽生世代はなぜこんなにも強いのだろう?大川慎太郎『証言 羽生世代』(講談社現代新書)はこの問いの答えを追い求め、棋士たちにインタビューした記録である。

羽生善治佐藤康光森内俊之郷田真隆藤井猛丸山忠久。1969~1971年の間に生まれ、のちにタイトルホルダーとなったこの6名を本書では羽生世代と呼んでいる。

彼らがタイトルの座についていたのは、1989年~2017年のあいだ(あくまでいまのところ)*1。この期間に212回のタイトル戦が行われたが、そのうちの136回を羽生世代が獲得している。他にもたくさんの棋士がいる中で、3回に2回というものすごい記録だ。

証言 羽生世代 (講談社現代新書)

*1:羽生九段は2020年にも竜王戦に挑戦している

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2020年下半期に読んだ本ベスト10

半年ごとに書いている恒例のベスト10。今回はノンフィクションが多めになりました。

ノンフィクション

東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ

ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる (中公新書ラクレ)

「知の観客をつくる」というミッションで、株式会社ゲンロンを経営した10年の記録。それは戦記と呼ぶにふさわしい苦闘の連続だった。メンバーの離脱、資金繰り、多数の在庫などなど。一見、思想家とは思えない仕事もしているが、事務的な業務を抜きにして、継続的な活動が成り立たないことがよくわかる。思想と実践の結びつきや伝え方はどんどん具体的になり、リアリティを増していると感じる。印象的な個所を引用。

いまの日本に必要なのは啓蒙です。啓蒙は「ファクトを伝える」こととはまったく異なる作業です。ひとはいくら情報を与えても、見たいものしか見ようとしません。その前提のうえで、彼らの「見たいもの」そのものをどう変えるか。それが啓蒙なのです。それは知識の伝達というよりも欲望の変形です。

 

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アセモグル&ロビンソン『自由の命運――国家、社会、そして狭い回廊』

自由の命運  国家、社会、そして狭い回廊 上

前作『国家はなぜ衰退するのか』に続いて、たいへんな力作。前作では国家のもつ制度を包括的/収奪的という区分けで整理し、国家の繁栄とのかかわりを論じた。本書はその枠組みを発展させながら、人々の自由というテーマを扱っている。

 

本書の主張をシンプルに要約するなら、次のようになる。自由の実現には国家が必要で、その国家の力は社会と均衡している必要がある。このことを示すために、古今東西の豊富な事例が紹介される。この具体例の厚みが、本書の価値をぐっと高めているように思う。

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『記憶のデザイン』、『独学大全』

近所の本屋に閉店のお知らせが貼ってあった。いまの部屋に引っ越してきてからの数年間、よく足を運んで本を買った店だ。特に目的もなく本棚を眺めるのも好きで、お決まりのコースができていた。
 
まず入ったら右に歩いて、雑誌コーナーへ向かう。なにかしら気になるものが目に入ってきて手に取る。それからエッセイ、ノンフィクション。おおよその並びは覚えているので、新刊があるとすぐにわかる。次は人文と自然科学の棚が向かい合うゾーンへ。本棚の幅に対して、仲正昌樹がやけに充実していて誰かのこだわりかなぁとか思う。折り返して、政治・経済と見て・・・と続く。
 
こんな風に空間や本棚と結びついた記憶がある。他にも本屋はあるし、本はネットで買えるけれども、あの空間を歩きながら思いをめぐらすことはもうできない。
 
 
ちょうど読んでいた山本貴光『記憶のデザイン』(筑摩書房によれば、自分の記憶は自分の中だけで成り立っているのではない。外の環境と関わり合いによって生じている。この本では、膨大な情報がおしよせる環境にあるいま、どんな記憶の状態がよいだろうか、ということを考えていく。

記憶のデザイン (筑摩選書)

将棋ノンフィクションを読む02――『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』、『天才 藤井聡太』

今年の7月、藤井聡太七段は早くも2回目のタイトル挑戦をしていた。相手は、前年に最年長で初タイトルを獲得した木村王位。最年少と最年長、対照的な組み合わせになった。

樋口薫『受け師の道 百折不撓の棋士木村一基』は、木村の修業時代からタイトル獲得までの半生を描く。百折不撓(ひゃくせつふとう)とは、木村の座右の銘で、「何度失敗してもくじけないこと」という意味だ。その言葉に現れているように、タイトルへの道のりは険しいものだった。

受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基

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『統計の歴史』、『急に具合が悪くなる』

今年ほど、統計を意識させられる年もない。感染者数、陽性率、重症率、再生産数などの数字が毎日更新される。都道府県ごとのマップが作られて、時系列のグラフが作られる。初期に起こった、検査数と偽陽性をめぐる議論も、直観ではとらえにくい統計の話だった。

ここ最近、ずっと統計の存在感が増している。個人がスマホを手にし、ネットワークにつながり、生み出されたデータが分析される。計算能力の増大もともなって、統計データがさまざまな意思決定に関与している。

全盛期を迎えたといってもいい統計は、どんな歴史をもつのか。オリヴィエ・レイ『統計の歴史』では、主にヨーロッパで統計が定着していく様子をたどる。17~18世紀に基礎がつくられ、19世紀前半に急速に広まることになる。

統計の歴史

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