『灼熱』、『ニュースの未来』

年末年始に読んだ本のことを書いてみる。

 

ひとつは小説、葉真中顕『灼熱』(新潮社)。舞台は第二次世界大戦期のブラジル日本人殖民地。2人の少年の人生を中心に、戦場から離れた地での混乱を描く。トキオはブラジルで地主の子供として生まれ、村で指導的な家族として尊敬を集める。勇は沖縄で生まれ、大阪でつらい日々をすごしたのち、家族とともにブラジルに来て働きはじめる。トキオと勇は親友であり、ライバルであった。

灼熱

 
しかし戦争が始まると、2人の道がわかれる。薄荷をつくり、アメリカに輸出するトキオの家は、敵国を支援する「敵性産業」として攻撃される。勇はためらいながらも、トキオに秘密で攻撃する側につく。ここは戦場ではないがゆえに、戦争にいけないうしろめたさから正義心が過熱する。結果、トキオは村にいられなくなり、一家で引っ越すことになる。
 
玉音放送以降、村を離れたトキオは日本が負けたという認識をもち、その先を考える。一方で、勇を含めた村の住民は戦争に負けたことを認めず、日本が勝ったと信じている。負けたと言う人達に対し「デマだ、国の尊厳を貶めるな」と反発する。実際にこういう考えはむしろ多数派で、いわゆる「ブラジル勝ち負け抗争」は50年代まで続いたという。全然知らなかった。

2021年下半期に読んだ本ベスト10

2021年ももう終わりということで、恒例にしている下半期に読んだ本からベスト10を選びました。フィクションとノンフィクションからそれぞれ5冊。読んだ本としては60冊くらいでいつもと変わらず。

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まだ紙の本がメイン

選んでみてから気づいたのですが、本谷有希子マイケル・サンデル以外は初めて読む著者でした。まだ出会っていない面白い書き手がいる、というのはうれしいことです。ツイッターやブログで発信されてる方のおかげで新しい出会いがあるので、今後ともよろしくお願いします。

 

フィクション

呉明益『自転車泥棒』(訳/天野健太郎 文春文庫)

自転車泥棒 (文春文庫)

オールタイムベスト級。しばらくこの本のことばかり考えていた。出先で読み終わってすぐにノートと付箋を買い、メモをとりながら、すべての「自転車」を追いかけて再読したのを覚えている。ものがもつ記憶、過去の人たち、あるいは動物たちまでを含めた「時間への敬意」を描くとはどういうことなのか考えた。小説について長めに書いたのは、小川哲『ゲームの王国』以来かな。どちらも魔術的リアリズムと形容されているので、いまとても気になっているテーマ。来年読んでいきたい。

 

kinob5.hatenablog.com

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創作の裏側~『数学者たちの楽園』、『エラリー・クイーン 創作の秘密』

サイモン・シン数学者たちの楽園 ――「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』(訳/青木薫新潮文庫)を読んだ。『フェルマーの最終定理』などで有名なサイエンスライターが、アメリカのアニメ「ザ・シンプソンズ」に隠れた数学をおもしろく解説する本。

 

数学者たちの楽園―「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち―(新潮文庫)  ザ・シンプソンズ シーズン 1 DVD コレクターズBOX

 

アニメを見たことがなくても、その制作の裏側をみることができるのは楽しい。脚本家チームには、数学、コンピュータサイエンス、物理学と理系のバックグラウンドをもつ人がそろっていて、隙あらば脚本に数学ネタをしこんでいく精神が見どころ。

 

数学ネタの解説もおもしろいが、一番印象的だったのは、第四章「数学的ユーモアのなぞ」で書かれている、脚本と数学の関係。

バーンズは、『ザ・シンプソンズ』に加わるようになった経緯を語ったのち、数学クイズとジョークの共通点について考えを聞かせてくれた。どちらも注意深く作り上げられて、意外などんでん返しがあり、事実上のオチがある。優れたクイズとジョークは人を考えさせ、答えがわかった瞬間に、人を微笑ませるというのだ。おそらくそんな共通点が、『ザ・シンプソンズ』の脚本家チームに数学者が加わることをこれほど意義あるものにしているのだろう。(p.107)

人を考えさせる時間をつくる、それが楽しませることにつながる、というこの一節にハッとした。こうした視聴者との信頼関係はすばらしいものだ。考えさせる=むずかしい=つまらないの回路とは真逆。

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トム・ジャクソン『冷蔵と人間の歴史』

冷凍庫が大きな話題になったら、悪いニュースと考えてほぼ間違いない。何年か前、コンビニの店員が中に入った写真をSNSにあげて炎上したことがあった。今年に入ってからはコロナワクチンの低温保管でトラブルがいくつもあった。スエズ運河の事故で足止めになってしまったLNG運搬船も、ある意味で冷凍庫の一種だ。

なぜ悪いニュースばかりかといえば、冷凍庫がインフラだからだろう。電気、ガス、水道などとともに生活の裏側で重要な役割を果たしている。あって当たり前のものになってしまうと、意識にのぼるのはダメになったときくらいだ。

冷蔵・冷凍をインフラという視点で見てみる。たとえば食品を新鮮に保つために、冷蔵庫は産地と家庭を結んでいる。農場や工場から低温で運ばれてきた食品は、スーパーの冷蔵庫に入って、家庭の冷蔵庫にやってくる。町のどこか、家のどこかが常に冷えているおかげで、いまの生活が成り立っている。

 

こんな暮らしができるようになったのは、歴史上で見るとごく最近のことだ。ものを冷やす技術は、熱する技術とくらべ、ずいぶんと遅くに登場した。トム・ジャクソン『冷蔵と人間の歴史―古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで』(訳・片岡夏実、築地書館)は、冷却技術の発展がどのように世界を変えたのかを描き出す。

冷蔵と人間の歴史―古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで

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「時間への敬意」を描くということ――呉明益『自転車泥棒』を読んで

呉明益『自転車泥棒』(文春文庫、訳/天野健太郎

小説家で自転車マニアの「ぼく」が1台の自転車と再会する。それは父が乗っていたもので、20年前に父と一緒に行方がわからなくなっていた。自転車のたどった軌跡を追いかけながら、持ち主たちやその家族の物語を記録していく。

自転車泥棒 (文春文庫 コ 21-1)

あとがきで著者は次のように書いている。

この小説は「なつかしい」という感傷のためではなく、自分が経験していない時代とやり直しのできぬ人生への敬意によって書かれた。

また作中の「ぼく」がいうセリフもこれに呼応する。

「ほとんどの人は、時間をセンチメンタルの対象にするだけだ。彼らは時間を尊重することを知らない」

これを「時間への敬意」とも呼んでいる。夢中になって小説を読み終えて、まさにその通りだなと感じる。著者の狙い通りの傑作になっていると思う。

 

では「時間への敬意」を描くとは、具体的にはどういうことなのか。

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将棋ノンフィクションを読む04――『師弟』、『絆』

棋士にはみな師匠がいる。将棋界には師弟制度があって、プロの世界に入るには弟子入りをすることになる。最近どこの業界でもタテの関係の難しさが目立つけれど、将棋界は外から見ていていいなぁと思うことが多い。

 

たとえば地上波で放送されるNHK杯には、解説者として対局者の師匠や兄弟子がよくでている。そのときに語られるエピソードからほどよい距離感を感じる。将棋の解説のあいだに、雑談っぽい話を混ぜるあの感じいい。

 

野澤亘伸師弟 ――棋士たち 魂の伝承光文社文庫)とその続編絆――棋士たち 師弟の物語日本将棋連盟)は師弟という関係を軸に、棋士たちの知られざる物語を描いている。著者はカメラマンとして将棋界の取材にかかわるなかで、棋士の人生に魅了されたという。巻頭にはカラー写真のページがあり、ビジュアルでも楽しませてくれる。

 

師弟 (棋士たち 魂の伝承) 絆―棋士たち 師弟の物語


若手~中堅とその師匠という組み合わせで、1冊目では6組、2冊目では8組を収録している。杉本昌隆&藤井聡太が両方に登場するので全13組になる。各章で1組の師弟をとりあげ、それぞれの棋士が将棋と出会い、修行期間を経てプロになり、現在に至るまでの人生をたどる。

 

この本の取材について著者はこう書いている。

 師弟の取材を続けて、感じたことがある。個としての棋士は、意志が強く、インタビューを通して自分の世界観の中に他者を簡単には踏み込ませない。それは棋士になるまでの困難な道程を物語るとともに、彼らの中に形成された自己哲学の強さによるだろう。柔らかく紳士的だが、どんなに押しても説き伏せることができない空気を纏っている。

 それが師弟という関係性でアプローチすることで、意外な一面が見えてきた。いまを輝くトップ棋士たちが、師との絡みの中では自らの未熟さや少年期のあどけないエピソードを、次々と話してくれたのだ。また師の側も、弟子について語りながら自らの歩みを振り返り、古き良き昭和の棋界へ思いを馳せているようだった。(『絆』p4)

あらためて読みかえすと「まさに」という内容で、この企画のポイントがつまっている。端々から感じられる棋士たちの個性は、将棋のことを知らなくても響くものがあると思う。

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