鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』

中学生の後半は楽しかった記憶が多い。野球部の先輩が引退して理不尽なことがなくなったし、部活のほかにも釣り、読書、ラジオ、プラモデルといった趣味が広がった。野球を一番熱心に見ていたのも、その頃だったかもしれない。というのも、これまでに見たなかで強い印象を残している試合を2つ挙げるとしたら、いずれもその1年半のものになるからだ。

 

2007年秋、日本シリーズ第5戦。中日3勝、日ハム1勝で迎えたその試合は、中日の先発投手・山井が8回まで1人もランナーを出さずに抑えきっていた。つまり、あと3人のバッターを打ち取ることができれば、完全試合で日本一を成し遂げるという前代未聞の記録が見えてきた。

最終回のマウンドに上がったのは岩瀬だった。球界随一のストッパーの登板はふだんならば誰もが頷くところだが、この試合は完全試合がかかっていた。それでも変えるという勝負に徹する采配には驚かされた。試合後に議論が巻き起こったことも覚えている。

 

もうひとつは2009年春、第2回WBC決勝の日本対韓国。大会を通して実力が拮抗していたこのカードは、見ているだけでも緊張感が高まった。この試合も手に汗握る展開で、延長戦になった10回表、イチローがセンター前にタイムリーヒットを放ち、2大会連続での優勝を決めた。祝福ムード一色となったそのチームに、中日の選手はひとりも参加していなかった。

その当時、中日ドラゴンズを率いていた監督は落合博満だった。

 

鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』(文春文庫)は、落合が監督をつとめた、2004年から2011年の中日を取材している。大宅壮一ノンフィクション賞講談社本田靖春ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞を受賞し話題となり、このたび新たな章を追加し文庫になった。

落合が率いた中日になにが起きていたのか。あの試合やあの試合で起きたことは、8年間つづいた物語のひとつの断面であったことがよくわかる。著者や選手らの目線から落合の真意に接近していくストーリーがあまりにおもしろく、旅先で一気に読んでしまった。

嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春文庫)

著者はスポーツ新聞の担当記者で、落合やチームメンバーを取材する。選手たちや著者自身の苦悩や葛藤を内面から赤裸々に描き出す一方で、落合の言動は外からの描写にとどめている。このコントラストが落合の謎を際立たせる。

 

落合の言動には謎が多い。言葉はけっして多くないが、ひとつひとつに鋭さがある。意図がすぐにわからないこともしばしばあり、反発を招くこともある。しかし、どこか心中を言い当てられている。落合の言葉のなかに真に求めているものがあるのではないか。そう自問し、葛藤を乗り越えていくことが人を変えていく。

 

たとえば、はっきりとした説明もないまま先発から外す、ポジションを入れ替えるということがある。チームメンバーはときに感情的になりながら考えざるをえない。なぜそんな采配をするのか。そしてなぜ説明をしないのか。答えは返ってこない。

 

自分で考えて行動をしていくしかない。しだいに確信できるのは、落合は勝利のために動いているということだ。そのためなら慣習も常識も取り払う。人間関係の好き嫌いは関係ない。プロフェッショナルとはなにか。なにに責任をもって仕事をするべきなのか。勝利のための技術を追求していった先で、落合と答え合わせができる瞬間がある。

 

いま思えば、当時、野球選手がどんな気持ちで試合に臨み、試合以外の時間をどうしているのか、まったく想像がついていなかった。ただ野球だけを見ていた。野球の試合だけを見ていた、といったほうが正確かもしれない。本書を読むことで、当時の記憶をたどりながら野球の奥深さを味わうことができた。