上半期に読んだ本から10冊選びました。ノンフィクションから5冊、フィクションから5冊です。今期は海外文学の読書量が少なめだったかも。今年に入ってから少しずつ読んでいる〈沢木耕太郎ノンフィクション〉シリーズを入れると大変なので、それは別枠ということで。
ノンフィクション
千葉聡『招かれた天敵』(みすず書房)
外来種によって農作物や在来種が被害を受けたとき、外来種をへらすために防除というものが行われる。それは大きく2つの方法がある。ひとつは薬品を使い、もうひとつは天敵を招くというもの。この本は後者、生物的防除の歴史を記している。地球上のどこか、おもに外来種の原産地にいる天敵を連れてくる。見事に外来種の駆除に成功した事例がある一方で、悪影響のほうが大きいことも少なくない。生態系の複雑さは想像をこえていて、つくづく人は失敗からしか学ぶことができないと身にしみる。最終章でとりあげられるのは、著者自身がたずさわったカタツムリの保護活動のこと。詳しくは書かないが、この章の筆致には圧倒された。どんな気持ちで書いたのだろうと想像し、研究者としての矜持を感じた。
クリス・ミラー『半導体戦争』(訳・千葉敏生 ダイヤモンド社)
なにかと話題の半導体。いいタイミングでいい本がでた。安全保障の文脈で重要性が高まる半導体という軸で、産業のはじまりから2022年までのトピックをストーリーとしてテンポよく書いている。発明、製造技術、ビジネス、サプライチェーンなどの視点を広くフラットに扱っているところが良い。トランジスタやマイクロチップなどの発明を取り上げる本はわりとあるものの、最先端の製造の話にはなかなかならない。EUVのところが一番驚いた。部品は4万点もあるらしい。技術もすごいが、数千社のサプライチェーンをまとめる力が大事なのだとか。開発自体がかなりの賭けだったらしい。
今井むつみ、秋田喜美『言語の本質』(中公新書)
言語の本質というかなり大きめな問いに新書で挑む。どんなアプローチだろうと思いつつ読みはじめると、オノマトペの話から始まる。意外だったが、読んでいくうちになるほどと思わせる。子どもはどのように言語を習得するのか。最初のステップにはいわゆる記号接地問題がある。記号と現実をいかに結びつけるか。そこにオノマトペが重要な役割をもつ。発音のしやすさ、意味の写し取りやすさを手掛かりに学んでいく。で、この仮説をどうやって証明するか。ほかの仮説も含めて、紹介される実験のデザインがおもしろかった。そういう風に考えるのかという感慨がある。
竹内早希子『巨大おけを絶やすな!』(岩波ジュニア新書)
巨大おけとは、醬油をしこむ木桶のこと。桶に住み着いた微生物によって発酵が進み、特有の風味ができる。それはひとつの生態系といっていい。そんな木桶でつくる醬油が少なくなるなか、桶屋も減っていく。この本では、木桶にこだわりをもつ醬油職人が最後の桶屋に弟子入りし、自分たちで桶づくりの技術を継承する様子を描く。樹齢100年以上の木で、100年以上も使える木桶をつくる。そのタイムスケールに圧倒された。醬油づくりも桶づくりも、ままならなさを楽しんでいていいなと思った。読んだ後に小豆島へ行って、この本で描かれたヤマロク醬油を見学した。観光客にとてもオープンな雰囲気で、古い桶と新しい桶がならぶ蔵の空気感に伝統産業の現代的なありかたを見た。
ラッセル・A・ポルドラック『習慣と脳の科学』(監訳・神谷之康 訳・児島修 みすず書房)
習慣はけっこう気にしているテーマで、最近だと良かったのはこの本。自分はかなり習慣にひたっているので、それによってできていることが多い。言語化できていなかったところに示唆を与えてくれる。たとえば、良い習慣をつくる人は自制心が高いとされるが、そこに「強い意志」はそれほどはたらいておらず、むしろ意志に頼る必要がない環境をつくっている、というあたりが印象的。強い意志があるわけじゃなくて、欲求が弱いから、自動的な習慣に流れている感覚がある。*1
フィクション
呉明益『眠りの航路』(訳・倉本知明 白水社エクスリブリス)
呉明益の長編デビュー作。感想はこちら。
石田夏穂『黄金比の縁』(集英社)
佐藤究『テスカトリポカ』(角川書店)
アステカの思想と闇ビジネスが絡み合って暗躍する。妙なリアリティがありぐいぐいと読む。やばい。
池澤夏樹『スティル・ライフ』(中公文庫)
100ページほどの作品が2つ。「スティル・ライフ」は、主人公がバイト先で知り合った人から奇妙な仕事を持ちかけられる話。「ヤー・チャイカ」は出張先で出会ったロシア人と不思議な縁で交流が始まるという話。と、ひとまず書くことはできるのだが、ストーリーよりも、登場人物たちの世界のとらえ方を写し取るような文章に魅力を感じた。理系的かつ詩的。興味をひかれた「スティル・ライフ」の書き出し。
この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
世界ときみは、二本の気が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
きみは自分のそばに世界という立派な気があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。
宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)
本屋で積まれていたのを見て買って、一気に読んだ。連作短編6本。「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」という書き出しの1作目「ありがとう西武大津店」。中2の成瀬は、閉店が決まった西武デパートに1ヶ月毎日行って、カウントダウンをしているニュース番組に映る。周りに流されずやりたいことをやる。この主人公像が爽快だった。島崎との距離感もいい。なにか目標を立てることで物語がはじまる。自分の物語を生きている。