半年ごとに書いている恒例のベスト10。今回はノンフィクションが多めになりました。
ノンフィクション
東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)
「知の観客をつくる」というミッションで、株式会社ゲンロンを経営した10年の記録。それは戦記と呼ぶにふさわしい苦闘の連続だった。メンバーの離脱、資金繰り、多数の在庫などなど。一見、思想家とは思えない仕事もしているが、事務的な業務を抜きにして、継続的な活動が成り立たないことがよくわかる。思想と実践の結びつきや伝え方はどんどん具体的になり、リアリティを増していると感じる。印象的な個所を引用。
いまの日本に必要なのは啓蒙です。啓蒙は「ファクトを伝える」こととはまったく異なる作業です。ひとはいくら情報を与えても、見たいものしか見ようとしません。その前提のうえで、彼らの「見たいもの」そのものをどう変えるか。それが啓蒙なのです。それは知識の伝達というよりも欲望の変形です。
クリフ・クアン、ロバート・ファブリカント『「ユーザーフレンドリー」全史』(双葉社、訳/尼丁千津子)
A・V・バナジー、E・デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房、訳/山形浩生)
サンキュータツオ『これやこの』(角川書店)
読書猿『独学大全』(ダイアモンド社)
ライアン・ノース『ゼロからつくる科学文明』(早川書房、訳/吉田三知世)
あなたがもし昔にタイムトリップしてしまったら、この本を渡したい。なにもないところから科学文明を立ち上げるためのガイドで、発明の歴史をまとめている。まず言葉や数字の準備からはじめていて、なるほどと思う。それから科学的方法、余剰カロリーに手を付ける。最後にはコンピュータの話もでてくる。歴史をたどっていくと、いわゆる”車輪の再発明”がけっこうあることに気づいたりしておもしろい。
ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン『自由の命運』(早川書房、訳/櫻井祐子)
フィクション
ジョン・ウィリアムズ『アウグストゥス』(作品社、訳/布施由紀子)
カエサル死後の動乱を治め、ローマ帝国の初代皇帝となった男の生涯。カエサル暗殺の復讐を誓い、政敵を打ち破るまでの第1部。最高権力者として秩序を守る立場になり、政治と人間関係がからみあう第2部。ラストの第3部はアウグストゥスの手紙。
はじめアウグストゥスは第三者の手紙や覚書の断片に書かれているだけで、主人公でありながらその内面を知ることはできない。読者が断片から人物像を作り上げていくことになる。その真意とは。たくみな語りのおもしろさにくわえ、歴史と物語の関係を考えさせる見事な構成だった。
劉 慈欣『三体II 黒暗森林』(早川書房、訳/大森望、立原透耶、上原かおり、泊功)
『三体』の続編。前巻の三体世界には度肝をぬかれたけど、今回もすごい。まず蟻の視点から宇宙までの広がりを見せるプロローグが最高。いよいよ三体世界からの侵略艦隊が地球に近づいてくる。監視と物理学発展の妨害という制約のなか、どうやって迎え撃つのか。地球側の戦略を描く。宇宙版の集合行為問題とでもいうべき″黒暗森林″という宇宙観から導かれる作戦は、スケールがぶっ飛んでるのにロジカルすぎて爆笑した。
ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(早川書房、訳/友廣純)
湿地を舞台にした物語。ひとりの男の死体が見つかるところからはじまる。事件の捜査と並行して、時間をさかのぼって語られるのは、湿地に住む少女カイアの物語。家族と離れ離れになり、幼くしてひとりきりになる。彼女は自然とともにくらし、町に住むわずかな人とだけ交流をする。やがて事件との接点が見え始め・・・。
豊かな自然の描写やボートで水面を走る場面が印象的。カイアはひとりでも生きていく強さをもっているように見えるが、人とつながる喜び、期待してしまう苦しさがないまぜになった気持ちが切実に伝わってくる。