2024年の下半期に読んだ本のなかから、良かったものを10冊選びました。全体の読書傾向としてはノンフィクションが多めになってきていて、来年はさらに偏りそうな気配がします。
ノンフィクション
鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたか』(文春文庫)
ノンフィクションで真っ先にあげたいのはこれ。嫌われることをいとわず、そして多くを語らないまま、中日を常勝チームへと引き上げた落合。そのまわりでなにが起きていたのかを取材した力作。15年前に見た試合の背景が、今になってつながった。
前野ウルド浩太郎『バッタを倒すぜアフリカで』(光文社新書)
前作『バッタを倒しにアフリカへ』で、圧倒的なおもしろさを世に知らしめた著者の続編。期待は相当に高かったが越えてくる。バッタの研究と研究者としての生活がメイン。先行研究のレビュー、フィールドワーク、実験、論文投稿など、知のバトンを継承するため、先人の業績を引き受けつつ、さらに知見を足していく営みについてまじめなパートもしっかりある。ただただおもしろいだけの砂漠エピソードもある。
横田増生『潜入取材、全手法』(角川新書)
タイトルの通り、企業や組織に潜入して取材することの意義、ノウハウが細かく書かれている。潜入のための引っ越しや名前の変更など、著者の覚悟の決まり方がすごい。ジャーナリズム論、ノンフィクション史としても興味深く、潜入する予定がない人もおもしろく読めるはず。
ヴィートールド・リブチンスキー『オームステッド セントラルパークをつくった男』(訳・平松宏城、学芸出版社)
あの一等地に公園を残すこと、その公共的な意味はとてつもなく大きいように思う。設計者であるオームステッドの評伝。いろんな職歴があり、特に気になったのは、南部州を旅して農場の労働環境をレポートする仕事。それが奴隷制反対の意味が込められた紀行文だったことが興味をひく。やがてセントラルパークふくめ、多くのランドスケープに関わっていく。
アン・ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ』(訳・向井和美、紀伊國屋書店)
刑務所の受刑者たちと読書会を開く、というボランティアに参加した1年の記録。ある程度の長い文章を読みんでじっくり語り合うとき、日常の会話とは自然と違うものになる。さらに特殊な環境ということもあり、より展開が予測できない。刺激的でもあり、ある種の危険をはらんでいるといってもいいが、そこには他者や自己を発見するという契機がある。
こちらの記事でも少し書いた。
フィクション
宮西建礼『銀河風帆走』(東京創元社)
「もしもぼくらが生まれていたら」「されど星は流れる」「冬にあらがう」「星海に没す」「銀河風帆走」の5作をおさめた短編集。解説にあるように、科学小説のど真ん中という感じでおもしろかった。特に前半の3つに共通する、科学することでだれかとつながるような体感がよかった。
収録作のひとつについてはこちらでも長めに書いた。
朱和之『南光』(訳・中村加代子、春秋社)
2024年4月より刊行が始まったアジア文芸ライブラリーの1冊。戦前に日本で学び、戦後にかけて活躍した台湾の写真家を主人公とした歴史小説。残された写真のあいだを想像力でうめたというもの。書き出しがあまりに良くて買ったことをおぼえている。
きみはシャッターを押す時の軽やかな響きが好きだ。カシャッという音ひとつで、この世界のある瞬間、ある光と影の動きをカメラで切り落とし、魔法に満ちた暗室でネガフィルムに封じ込める。
一眼のレフレックスカメラのような重たいシャッター音とは、響きがまったく違う。きみの使い慣れたライカは、優雅で美しいシャッター音を立てる。
ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(訳・斎藤真理子、河出文庫)
今年のノーベル賞受賞作家。読むのは初めてだった。白いものについて書かれた断章的な文章がつらなるなかで、生後すぐになくなった姉への思い、ホロコースト後のワルシャワの街についての語りが積み重なる。読み返したり、読書会で話したりしてどんどん凄味が増していった。
ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』(訳・黒原敏行、ハヤカワ文庫)
男の外出中、妻が殺害される。男はアリバイを主張するため、店で一緒にいた女を探すが、なぜか大きな帽子以外の特徴を思い出せない。その日に出会った人を探して聞いてみるが、なぜかだれもその女を憶えていない。そして男は逮捕され、死刑執行までのカウントダウンが進んでいくなかでの謎解き。ハードボイルドタッチの文章がかっこよく、シンプルな謎一本でも大いに楽しめた。
サン=テグジュペリ『人間の大地』(訳・渋谷豊、光文社古典新訳文庫)
「僕」は飛行機で長距離の郵便を届ける仕事についている。ただし、まだ航路が整備されていない時代なのでトラブルが多い。墜落することもあるし、不時着することもある。仮に着陸できたとしても、砂漠なら飢えるかもしれない。その土地の住人に襲われるかもしれない。危険すぎる。そうした危険をともなう孤独の果てに、人間どうしの結びつき、自然との関係、機械への目線というものがあり、それが普遍性をもっているという感触があった。
以上の10冊です。
また来年も読んでいきましょう。気になる本は気になるうちに。
上半期ベストはこちら。