2024年上半期に読んだ本ベスト10

2024年上半期に読んだ本のなかから良かったものを10冊選びました。

好きになるまで

 

ノンフィクション

佐々木秀彦『文化的コモンズ 文化施設がつくる交響圏』(みすず書房

文化的コモンズ――文化施設がつくる交響圏

博物館、図書館、公民館、劇場・ホールを中心に、日本の文化施設の歴史をたどり、あるべき姿を提言する大著。文化施設やコミュニティに関して参照されている文献が多岐にわたり、とても勉強になる。本の前半では、施設の種類ごとに歴史と具体的な実践例を見ていき、後半では横断的に提言をする。この施設が近所にあったらいいなと思うことが何度もあり、文化施設を見る目が変わる。

 

鈴木忠平『いまだ成らず 羽生善治の譜』(文藝春秋

いまだ成らず 羽生善治の譜 (文春e-book)

A級陥落のあと王将戦挑戦を決めた2023年の羽生善治を軸に、これまで将棋界に与えてきた影響を周囲の人物の視点から描き出す。

 

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トム・スタンデージ『 ヴィクトリア朝時代のインターネット』(訳・服部桂、ハヤカワ文庫NF)

ヴィクトリア朝時代のインターネット (ハヤカワ文庫NF)

インターネット以後の視点から書かれた電信技術の盛衰。情報が人より速く動く時代のはじまり。

 

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 千葉聡『ダーウィンの呪い』(講談社現代新書

ダーウィンの呪い (講談社現代新書)

進化論にまつわる思想の歴史。進化論は時の言説に都合よく使われがち、ということをまずおさえたい。ダーウィンが言ったから科学的に正しいわけでもないし、言ったかもあやしい。そして科学的に正しいからといって、人間社会の道徳にするべきかは完全に別。科学的仮説が道徳に反映されてしまう危険がよくわかる。参考文献が英語文献ばっかりで500点以上あり、これ新書価格でいいのかというクオリティ。


島田潤一郎『長い読書』(みすず書房

長い読書

一人出版社を始めた著者による、静かに語るようなエッセイ集。仕事のこともあり、それ以前のこともあり自分自身のやりかたで本や音楽とむきあって、つきあっている。

村上春樹風の歌を聴け』の体験を書いたものがとりわけ印象的だった。うまく読めないところからはじまって、それでも繰り返しチャレンジしてみる。あるいはなぜか気になってしまい、何度も最初から読む。なにかをきっかけにして文章が自分のなかに入ってきて、打ち解けていく感じがする。文学的な体験。

それから「アルバイトの秋くん」という文章も素晴らしかった。出版社を手伝ってもらいながら、本づくりについて伝えようとする。下の一節がとくに残る。

「本をつくる」ということは、おそらく、なにかについての「全体」をプレゼンテーションするということだ。
たとえば、ある国の歴史について。たとえば、ある時代のなにかしらの制度について。たとえば、ある言語の文法について。あるいは、ある人の人生について。
もちろん、「全体」といっても、その対象のすべてをカバーできるわけではない。
でも、「全体」をカバーしている、と表現するのが、本なのだ。

 

 

フィクション


ベンハミン・ラバトゥッツ『恐るべき緑』(訳・松本健二、白水社エクス・リブリス)

恐るべき緑 (エクス・リブリス)

チリ出身の作家による短編集。実在の科学者や数学者の伝記風に書いているフィクション。冒頭の「プルシアン・ブルー」は毒物の開発者たちが描かれる。研究の業績がもたらした世界への影響と、その人物の人生が併記されることで偶然性や不条理を感じる。おもしろいと感じつつも、なぜおもしろいのかまだよくわからない。フィクションとノンフィクションのあいだにある何かなのだろう。

 

 柞刈湯葉『重力アルケミック』(星海社FICTIONS)

重力アルケミック (星海社 e-FICTIONS)

重力のありかたが改変されている世界で、理工系大学生を主人公とした話。重素という重力をつかさどる物質の採掘によって、地球が膨張したり、重力制御のテクノロジーが発展したりしている。航空機と呼ばれるものはそれを使って飛んでいる。主人公の湯川は上京して大学へ入り、やがてエンジンで飛ぶ飛行機をつくる実験を始める。理工系のディテールや思考の見せ方がいちいちおもしろい。


松樹凛『射手座の香る夏』(創元日本SF叢書)

射手座の香る夏 (創元日本SF叢書)

デビュー作品集。4作どれも良い。SFの設定、幻想文学風味、語りのうまさが好み。幻想的な世界のなかにも現実との地続き感があっていい。ベストは、影が9つある少年を助けたという祖母の昔話を聞く「影たちのいたところ」。つぎは、十五歳になったらそのまま生きるか、いなかったことにするかを選べる世界を描いた「十五までは神のうち」。



 恩田陸『spring』(筑摩書房

spring (単行本 --)

バレエダンスの天才・萬春が世界的なダンサー兼振付師になっていく過程を4人の視点を通して描く。天才について言語化する人を書くのがうまい。たとえばクラシックとコンテンポラリーは何が違うのかという問いに、だれがどう答えるか。ダンスになじみのない読者でも、天才のすごさを納得させるものがある。踊るということが自然な表現であり、教えるとか教わるとか以前に世界の見方そのものであること。『いまだ成らず』に通じるところもある。

 

スタインベック怒りの葡萄』(訳・伏見威蕃、新潮文庫

怒りの葡萄(上) (新潮文庫)怒りの葡萄(下) (新潮文庫)

アメリカ・オクラホマの農民一家の物語。砂嵐と銀行の脅しによって土地を離れることになった一家は、トラックに家財をつんで西を目指す。カリフォルニアには農園が広がっていて、人を募集しているという広告が頼り。道中で車のトラブルや人との出会い、助け合いがある。仕事と住環境を求めて、苦しい移動を繰り返す。合理的に分散しようとする家族に対し、できるだけ束ねようとする母の態度が印象的だった。

 

 

以上。振り返ってみると、ここに挙げた本の7割が初めて読む作家でした。まだまだ知らいところにおもしろいものがありますね。

 

半年前のベストはこちら。

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