今回はノンフィクション5冊、フィクション5冊ということで選んでみました。読んだ数は60~70冊で普段と変わらずですが、ノンフィクションの方でサイエンス系が多かった気がします。
ノンフィクション
ポール・J・スタインハート『「第二の不可能」を追え!』(訳/斉藤隆央 みすず書房)
理論物理学者がみずからの研究について書いた本。「準結晶」という不可能とされた物質の存在を証明するべく、理論の提案からはじまり、実験、世界中のサンプル調査、最後にはカムチャツカへのフィールドワークまでなんでもやる。幾何学、結晶学、地質学、鉱物学、天文学、化学などなど関連分野も幅広く、驚きの連続。自分の仮説に反対する科学者とも友好的に共同研究していくところなど、いいサイエンスを見た。
トーマス・S・マラニー『チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史』 (訳/比護遥 中央公論新社)
西洋で生まれたタイプライターは世界に広がっていき、漢字文化と衝突する。漢字は種類が多いので、タイプライターにそのままのせることはできない。ではどうするか。技術的な試行錯誤が行われ、のちにコンピュータの入力へとつながる。同時に、近代において文字はどうあるべきかという問題(たとえば漢字廃止論)も顕在化する。描き出される歴史はたいへん興味深く、技術と文化の接点が自分の関心のかなり中心にあることを再認識した。
全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)
科学に触れずに現代を生きるのは、まるで豊饒な海に面した港町を旅して、魚を食べずに帰るようなものである。科学はしかし秘密の花園である。方程式と専門用語の壁に囲まれて、通りすがりには容易に魅力を明かさない。花園の壁に覗き窓をつけることは、それゆえわれわれ科学者の責務であろう。
川端裕人『「色のふしぎ」と不思議な社会』(筑摩書房)
色の見え方、色覚にまつわるノンフィクション。色の見え方は人によって違うが、そうたした多様性を「異常」とみなしてきた過去がある。その判定に苦しむ当事者の視点からはじめて、日本社会の問題として描き出す。つぎに最新の科学的な知見をおさえ、その知見からどのような色覚観を社会に提案する。科学と社会の間を取り持つ、良い本でした。
マシュー・ハインドマン『デジタルエコノミーの罠』(訳/山形浩生 NTT出版)
オールドメディアとは違って、多様でだれもが参加できる平等なメディア環境――というインターネットの平等幻想を一掃する内容。もはやそんな希望あったんだ、という感じがなくもないが。メディアの数は増えたが、アクセスは一部に集中している現実をつきつける。そのような「関心の経済」がどう動いているのか、トッププレイヤーがなにをしているのかを知ることができる。たとえば読み込み速度がとにかく重要で、どれくらい重要かというと、そのために海底ケーブルをひくとか。
フィクション
劉慈欣『三体Ⅲ 死神永生』(訳/大森望・光吉さくら、ワン・チャイ、泊功 早川書房)
『三体』シリーズがついに完結。地球外生命体の住む三体世界とのファーストコンタクトからはじまった物語は、シリーズを通して対人類、対三体世界、対宇宙と敵を変えながら、途方もないスケールへと駆け上がり、見たことのないところまでへ連れていってくれる。各段階での作戦の立て方、ロジックの組み方とか、突き抜けたSF的な発想の新手連発という感じでおもしろかった。
イアン・マキューアン『恋するアダム』(訳/村松潔 新潮クレストブックス)
SF作家以外も人工知能をクローズアップするこのごろ、マキューアンの新刊もそのひとつ。人間そっくりのアンドロイド「アダム」を買って一緒に生活をはじめる。アダムが恋をするのは、主人公の好きな人。主人公の動揺する姿が読みどころ。理性ではアダムは人間ではないとわかっているのに、良くも悪くも対人間の感情がわいてきてしまう。よくあるパターンと違って、どうしても人間に思えてしまうから苦しいというところを描いているのがよかった。
榊林銘『あと十五秒で死ぬ』(東京創元社)
宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社)
「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。」という書き出しが鮮烈。うまくいかない生活とファン活動。推しがすべて、というのが文字通りになっている主人公の生活が、推しの炎上によってバランスを崩してしまう。全編を通して切実さがあって、時代の重要な記録になりそう。リーダブルな文体で、若者言葉としてだめだしされそうな言葉もそのままにしている印象。
コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』(訳/谷崎由依 ハヤカワepi文庫)
黒人奴隷の少女コーラを中心とした逃亡の物語。農場で奴隷として生きる日々から”地下鉄道”にのって逃げ出す。追っ手がせまってくるという緊張感が終始続く。逃げた先でも差別は違うかたちであらわれ、転々と場所をうつしていく。あまりにも過酷な歴史に対して自分の想像が及ばないことを思いながらも、つらい気持ちになるので読むのがたいへんだが、読む価値のある本。