2021年下半期に読んだ本ベスト10

2021年ももう終わりということで、恒例にしている下半期に読んだ本からベスト10を選びました。フィクションとノンフィクションからそれぞれ5冊。読んだ本としては60冊くらいでいつもと変わらず。

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まだ紙の本がメイン

選んでみてから気づいたのですが、本谷有希子マイケル・サンデル以外は初めて読む著者でした。まだ出会っていない面白い書き手がいる、というのはうれしいことです。ツイッターやブログで発信されてる方のおかげで新しい出会いがあるので、今後ともよろしくお願いします。

 

フィクション

呉明益『自転車泥棒』(訳/天野健太郎 文春文庫)

自転車泥棒 (文春文庫)

オールタイムベスト級。しばらくこの本のことばかり考えていた。出先で読み終わってすぐにノートと付箋を買い、メモをとりながら、すべての「自転車」を追いかけて再読したのを覚えている。ものがもつ記憶、過去の人たち、あるいは動物たちまでを含めた「時間への敬意」を描くとはどういうことなのか考えた。小説について長めに書いたのは、小川哲『ゲームの王国』以来かな。どちらも魔術的リアリズムと形容されているので、いまとても気になっているテーマ。来年読んでいきたい。

 

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伴名練・編『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』(ハヤカワJA文庫)

日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女 (ハヤカワ文庫JA)

伴名練セレクトの石黒達昌短編集。「希望ホヤ」、「冬至草」、「アブサルティに関する評伝」、「雪女」、「平成3年5月2日,後天性免疫不全症候群にて急逝された明寺伸彦博士,並びに」が良かった。どれも生命科学の研究者にまつわる話で、狂気にも似た異様な執念と科学を遂行する理性が同居している。幻想的な美しさに魅入られ、探求し、そして失われる。そのさまをドライな文体で描き出すがゆえに、いわく言い難い叙情性がある。

 


芦沢央『神の悪手』(新潮社)

神の悪手

将棋にまつわるミステリ作品集。プロ棋士奨励会員、詰将棋雑誌編集長、将棋ファン、駒師とさまざまなかたちで将棋との接点をもつ人たちの物語。将棋のシーンは外見としては静かなものだが、思考はめまぐるしく動いている。その描き方に臨場感があってひきこまれる。無言で放たれるひとつの手に隠された真意を考え抜く、という意味でつねに謎と隣り合わせでミステリ的なんだなと思う。5作すべてが良かったが、ベストは「弱い者」。ある子どもの将棋を「駒の扱いと実力に開きがある」と描写するリアリティと、明かされる真相にぞっとした。
 

 

逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房

同志少女よ、敵を撃て

独ソ戦を舞台にして、女性のみからなる狙撃部隊を描いた作品。アガサクリスティー賞受賞作。少女は子供のころに親を殺され、拾われ、狙撃兵として訓練されていく。実戦に入って、敵が死ぬ、仲間が死ぬ、人が死ぬ。なにが起きていてどう感じているのか、自分のことも相手のこともわからなくなる。価値観がぐらつく。息もつかせぬ展開で夢中で読んだ。他方、作中で主人公に向けられた「楽しむな」という言葉がひっかかっていて、これを面白いと言っていいのだろうかと考えてしまう。それほどの凄みがある。

 

本谷有希子『あなたにオススメの』(講談社

あなたにオススメの

「推子のデフォルト」は、ネット接続が加速した世界での子育てがテーマ。体に埋め込んだデバイスからコンテンツが供給され、みんな同じように育つことが正義とされている。コンテンツに飽きた推子は、オンライン反対派のママ友をみることが一番のコンテンツになっていた。このあたりの戯画化が強烈で、意地が悪い。変な固有名詞がちりばめられ違和感を覚えるが、もしそうでなかったら何も感じないかもと思うと逆に怖い。「マイイベント」は台風がせまるなか、マンションの最上階でわくわくしている男から始まるカオス。

 

ノンフィクション

松本俊彦『誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論』(みすず書房

誰がために医師はいる――クスリとヒトの現代論

精神科で依存症の専門医のエッセイ。薬物の依存症患者との向き合い方や医者としての経歴、自伝的なことも含めて、かなり赤裸々に語っている。エピソードがおもしろいうえに、たいへん勉強になる。かつて「ダメ、絶対」というコピーがあったが、そのやり方がどうしてダメなのかなど、古びた知識を更新してくれる。誰しもはなにかに依存して生きている。そのこととどうやって付き合っていくのか。「アディクションの対義語はコネクション」という文章が印象的。


D・サダヴァ他『新・大学生物学の教科書』(監訳/石崎泰樹、中村千春 翻訳/小松佳代子 講談社ブルーバックス)  

カラー図解 アメリカ版 新・大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)

「生物」から遠のいてしばらくが経つ。センター試験を物理・化学でやったので、高校1年のときを最後にまともに学んでいない。最近、いんよう!Researchat.fmなどのPodcastを聞いていて、興味をもってこの本を読み始める。基礎的なところから積み上げていくつくりなので、初心者にはありがたい。PCRやmRNAなどの言葉が日常的に使われるようになって、個別の説明を読んだりもしたけど、体系的に学べる教科書というものの良さをかみしめている(DNAまわりは第2巻)。ただ定説を並べるのではなく、仮説を検証した実験のデザインを書いているのも良い。

 

郡司芽久『キリン解剖記』(ナツメ社)

キリン解剖記

キリン研究者である著者が研究の道を志し、ひとつの成果をあげるまでの話。キリンの解剖の話はどれも新鮮でおもしろかった。動物園でキリンが亡くなると、突如連絡がきて解体、解剖が始まる。そんなに数がこなせるわけではないから、そのときどきでスキルを身に着け、テーマに取り組むしかない厳しい世界だ。生物学といえば分子生物学の時代だが、こうした生態学的なものもちゃんとある。いろいろあるということが大事で、知らない世界を本で読めるのは素晴らしいことだ。観察するときに名前が邪魔になる、100年後のスケールでものや知識を残すことの意味を考える、など普遍的なメッセージも多い。
 

アイニッサ・ラミレズ『発明は改造する、人類を。』(訳/安部恵子 柏書房

発明は改造する、人類を。

発明の物語であり、発明により変化していく人間の文化に光を当てる。拾い上げるエピソードに驚かされることが多く、意外な角度でつなげていく。テーマそのものはよくあるかもしれないが、材料科学のバックグラウンドや発明者に対する視点を変えて語るところが新しい。トランジスタの発明を横目に、ウエハの作製技術のほうに注目していく本はなかなかない。知らないことがたくさん書いてあって、知っていたことの間を埋めてくれる。

 

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マイケル・サンデル『実力も運のうち』(訳/鬼澤忍 早川書房

実力も運のうち 能力主義は正義か?

メリトクラシー能力主義の批判的検討。オバマ政権からトランプ現象までを能力主義の観点から読み解く。能力主義アメリカンドリーム的な機会均等の平等性を強調するが、勝ち上がれなかった人たちの尊厳を手当てしない。そこに分断の源があると考える。この分析は説得力があった。金をもらうことは共通善への貢献の証ではなく、道徳的評価は別にある。実際は偶然だったとしても、うまくいった人は実力だと思いたがり、他人にもそれを求める。運の感覚をどう取り入れるのか、他者への敬意をどう取り戻すのか。この問題意識を大事にしたい。
 
 

以上、2021年下半期に読んだ本ベスト10でした。来年も続けていければと思います。また、なにかおすすめがあればぜひ教えてください。

 

 

 

上半期のベスト10はこちら。

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