2022年上半期に読んだ本ベスト10

2022年の上半期に読んだ本から10冊選んでみます。フィクションから5冊、ノンフィクションから5冊。読み終えた本は70冊ほどでいつも通りですが、面白そうな本が次々とあらわれるので、買うペースだけが早まっています。

真ん中の本が分厚いなー

フィクション

リチャード・パワーズ『黄金虫変奏曲』(訳・森慎一郎、若島正みすず書房

黄金虫変奏曲

リチャード・パワーズの第3長編が邦訳されたとなれば、読まずにいられない。今年のゴールデンウイークはこの本のことばかり考えていた。音楽、分子遺伝学、図書館学の語彙を駆使した文章が素晴らしい。一文一文を味わいながら、気長に読むのがいい。

kinob5.hatenablog.com

 

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(訳・小野田和子、早川書房

プロジェクト・ヘイル・メアリー 上

『火星の人』の著者の最新作は、主人公が目覚めるところからはじまる。どこにいるのかもわからないが、実験をしてみるとそこが地球の外だと判明し、かつてない巨大ミッションが進行していく。主人公と一緒に世界をさぐっていくのが醍醐味なので、その先はあまり書かないでおく。SF要素が盛りだくさんで、上下巻ゆるむことなく楽しめた。

 

サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』(訳・市田泉、竹書房文庫)

いずれすべては海の中に (竹書房文庫)

奇想、SF寄りの短編集。著者の本ははじめて。これもそれぞれの短編がどんな世界なのか、さぐりさぐり読む。ちょっとした違和感から、背後の世界観や設定がみえてくるとはっとする。一番好きなのは「風はさまよう」。世代宇宙船のなかで歴史を教え、音楽を奏でる。検証不可能な歴史をどうあつかうか。舞台を宇宙船にすることでよりクリアになっているが、地球でも同じ問題があって、興味のあるところ。

 

丸谷才一『横しぐれ』(講談社文芸文庫

横しぐれ (講談社文芸文庫)

丸谷才一の作品集。表題作「横しぐれ」がとりわけおもしろかった。文学研究者のわたしは、父の昔話にでてきた人が自由律俳句の山頭火だったのではないかと調べはじめる。横しぐれというキーワードを軸に、句や日記の読み込みがすごい。父と文学史のありえたかもしれない交差をさぐっていく先に、いままで見えていなかった家族の一面が見えてくる。記憶が再解釈され、あふれでてくるようにつらなる終盤の長文が印象的。

 


綿矢りさ『手のひらの京』(新潮文庫
手のひらの京 (新潮文庫)

京都を舞台に、三姉妹の視点が入れ替わりながら進む。図書館で働き、そろそろ結婚を焦る長女・綾香。一流企業の新入社員で恋に忙しい次女・羽依。大学院生でライフサイエンスを学び、東京に就職したいと思っている三女・凛。三者三様の価値観だけれど、一緒にいれる感じがいい。自分も京都に住んでいて、転職を考えていた時期に読んだので妙にしみるとこがあった。

 


ノンフィクション

山崎正和『社交する人間』(中公文庫)

社交する人間―ホモ・ソシアビリス (中公文庫)

山崎正和の文章を最初に読んだのは、国語の教科書だったと思う。それからはサントリー学芸賞の選評を読むくらいで、本は読んだことがなかった。追悼特集で思い出したように手に取る。
 
社交や儀礼の分析から文明論へ。社交は批判されがちだが、人間の根底にあるものでもある。文化はどこかで発生するかもしれないが、それを残していくには努力が必要で、その場は自然には成立し続けない。目的とプロセス、真面目と遊び、付かず離れず、陶酔せずしらけず、といったバランスを保つ努力がいる。目的や感情を共有しながら、距離をとる。そこにはある種の非合理さをもった儀礼がふくまれる。
 
三浦雅士氏の解説が的確

常識を精査することこそ思想の務めであるとは山崎正和が一貫して解くところだが、『社交する人間』はその所説の見事な達成であるといっていい。山崎正和はここで常識を説いているにすぎない。だが、常識をとくことこそむずかしいのだ。とりわけその常識がさまざまな偏見にまといつかれ、ほんらいの姿が見失われている場合には。

 

久野愛『視覚化する味覚』(岩波新書

視覚化する味覚: 食を彩る資本主義 (岩波新書 新赤版 1902)

食べ物の見た目、色はどのように作り出されたか。考えたこともなかったけれど、食べ物ごとに自然な色、あるべき色が想定されており、それらは歴史のなかで構築されたものだという。たとえばオレンジはオレンジ色だとおいしそうにみえるが、実は緑色が食べごろの種もある。じゃあオレンジ色に着色しよう、と考える人がでてくる。バターの黄色さをめぐって繰り広げられた、マーガリン陣営との戦いはもはやコメディの域。

 

kinob5.hatenablog.com

 


山中俊治『だれでもデザイン』(朝日出版社

だれでもデザイン 未来をつくる教室

中高生たちに向けたデザインエンジニアリングの特別授業を書籍化。ものづくりの実践から哲学までという感じで、手を動かしながら、観察して、アイデアを育て、かたちにしていく。読みながら一緒にスケッチしてみると学びが多い。基礎的なスケッチから始まり、製品の分解、「他人の脳を借りて考える」ための議論や実験の話など。アイデアの本質は偶然なので、その確率を高めるための方法を学ぶというスタイル。この本も学生たちのリアクションがいい偶然を生み出していて、読んでいて楽しい。


鹿毛雅治『モチベーションの心理学』(中公新書

モチべーションの心理学 「やる気」と「意欲」のメカニズム (中公新書)

やる気や意欲についての研究を、5つの説として整理・解説する。目標説、自信説、成長説、非意識説、環境説。そんなにあるのと思いつつ、自分の経験に照らしてみると、どれも心当たりがある。モチベーションは複合的に構成されていて、ケースバイケースだと実感する。理論からは人間の共通性が見えてくる。だがみんな同じというわけではなくて、理論でうまく説明できないところから人間の多様性、多面性がうかびあがる。共通性と多様性の両面をとらえる距離感がいい。参考文献も充実。



橋本麻里『かざる日本』(岩波書店

かざる日本

日本的な美といえば、足し算より引き算、豪華より簡素なイメージがあるなかで、「かざる」という観点に注目してみる。この世ならざるもの、聖性を招き入れるためのかざり。組紐や切子などはあまり見る機会がないが、ものにまつわる歴史や作り方などの背景を知ると実物を見に行きたくなる。また茶室をVRに、螺鈿をSF的イメージに接続するところも興味をひかれた。自分はうまくかざれないがゆえ、シンプルを志向しがちだと気づく。かざるという目線がもっとあっていい。

 

 

たまたまですが、ノンフィクションに翻訳ものが入らないのは珍しいかも。

 

下半期も楽しくやっていきましょう。

 

半年前の記事

kinob5.hatenablog.com