『「第二の不可能」を追え!』、『トポロジカル物質とは何か』

ポール・J・スタインハート『「第二の不可能」を追え!』(訳/斎藤隆央、みすず書房)を読んだ。理論物理学者である著者が、ありえないといわれていた物質を30年にわたって探求する過程を描いたノンフィクション。科学の良さがつまった好著だった。

「第二の不可能」を追え!――理論物理学者、ありえない物質を求めてカムチャツカへ

私は早くから、何かの考えが「不可能」と退けられるときにはいつも、じっくり考えるようになっていた。たいていの場合、科学者は、エネルギー保存則を破るとか、永久機関を作るといった、まるっきり論外のことを指して不可能と言う。この種の考えを追い求めるのは意味がない。だがときには、何かの考えが「不可能」と判断されながら、その前提が、それまで考慮されたことのない条件のもとでは成り立たないこともある。私はそれを、「第二の不可能」と呼んでいる。

 

根底にある前提が明らかにされ、長らく見過ごされてきた抜け道が見つかったら、第二の不可能は、大きな転機となる発見をする貴重な機会、ひょっとしたら一生に一度かもしれない機会を科学者にもたらす、宝の山となりうる。

著者が研究対象とする準結晶は、まさに第二の不可能だった。原子が規則的にならんだ結晶にはいくつかのパターンが知られているが、ありえないとされてきたパターンもある。だが本当にその前提は正しいのだろうかと疑問をもち、定説では不可能とされてきた準結晶の研究がはじまる。

 

存在するかわからない物質の研究。いったいどうやるんだろう?と興味をひかれる。どうやってアプローチするかを考えながら読んでいくのも面白そうだ。

 

著者は、たとえばこんな問いを立てて、答えを見つけていく。準結晶にはどんな構造が考えられるか。形成されるとしたらどのようなメカニズムがありえるか。人工的に合成する方法はないか。これまでに採集された鉱物サンプルで似たようなものはないか。あるいは地球のどこかに埋まってないか。

 

幾何学、物質科学、鉱物学、地質学、さらには天文学などの分野を横断しながら研究を進め、それぞれの分野にも貢献する。そのなかで他の研究者と出会い、何度も助けられる。1本の論文や1つのサンプルが手がかりになって道が開かれていくとき、蓄積されてきた科学の重みを感じた。

 

不可能への挑戦というストーリーに加えて、すごくいいなと思ったのは、自分の仮説に反対する研究者とも友好的に共同研究をするところ。定説に逆らう著者に対して、学界中での風当たりは当然ながら強い。そんなことは無理だと言われたりもする。それでも批判者さえチームに引き入れ、科学的な議論をたたかわせ、より妥当な仮説を導いていくのは理想的なあり方に思えた。

 

クライマックスは、なんといってもカムチャツカへと向かうフィールドワークだろう。天然の準結晶を見つけることができればこれ以上ない証明だが、費用もかかるし見つかる可能性は限りなくゼロに近い。道中は調査というよりも冒険といった様子で、映画化を期待してしまうほどに読ませる。

 

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長谷川修司『トポロジカル物質とは何か』(講談社ブルーバックス)は、近年注目されているというトポロジカル物質の入門書。自分は名前すら聞いたことがなかったが、この本を読んでざっくりしたイメージをもつことができた。

トポロジカル物質とは何か 最新・物質科学入門 (ブルーバックス)

トポロジカル物質の説明は本の最後におかれていて、そこまでは準備パートになる。この助走が丁寧でありがたかった。X線の発見からはじまるノーベル物理学賞の歴史をたどりながら、物質科学の発展をひもといていく。

レントゲンのX線の発見が、X線CTやX線回折、DNAの二重らせん構造の解明につながっていきました。電子の波動性の発見が、原子の内部構造の解明、原子間の化学結合の理解につながっていきました。半導体トランジスターや発光ダイオードなどに応用され、トンネル効果が走査トンネル顕微鏡になり、スピンの発見が巨大磁気抵抗効果やスピン流の研究へとつながっています。そしてグラフェンや量子ホール効果の発見が本書の主題であるトポロジカル物質とつながっていくのです。

ひとつひとつの発見がどのような応用に結び付いたのか。また、さらなる科学の発展の基礎になったのか。必要以上に細かくなりすぎず、重要な発見がつながっていくストーリーとして書かれていて読みやすい。

 

前半を読んでいて、恥ずかしながら超伝導についての理解を間違えていたことに気づく。抵抗ゼロ=電子が散乱しない、と思っていたけど違った。散乱しないのではなく、散乱はするけどエネルギーを失わないが正確。そもそも電子を加速してないからエネルギーを失うことができない、と。この説明に最初は違和感をおぼえたが、考えてみるとなるほどしっくりくる。ほかにも考えが整理される説明が多くて、もっと早くに読みたかったな...ってなる。


最後に本題のトポロジカル物質が登場。これはけっこうむずかしい。物質中の電子状態がひねられている、と表現されるこのニュアンスにどこまでせまれるか。ゆっくりと順をたどっていけば、イメージをつかむことはできると思う。

 

原理を理解するのには骨が折れるけれど、ふるまいのおもしろさは興味をひく。たとえばトポロジカル絶縁体は、内部と表面で性質が異なる。表面では電流が流れるが、内部では絶縁状態になっている。物質の表面が変質しているとかではなくて、あくまで同じ物質なんだけど、表面であるということがこのような特性を生み出す。これは量子ホール効果と似ているが、トポロジカル絶縁体では磁場をかけなくてもこの特性を示す。

 

ミクロな世界での物質のふるまいである量子効果は、とてもおもしろい挙動をみせる一方で、発生する条件が限られていることが多い。磁場や光が必要だったり、すごく低温にしないといけなかったり、微細な構造が必要だったりする。そうした外的な要因や物質の形状などの特殊な環境を用意しないといけない。

 

それにたいしてトポロジカル物質では、物質そのものの特性によって効果が見えるから特殊な環境は必要ない。そうした頑強な性質をもつため、トポロジカル物質はいわば量子効果の実験場になっていく可能性も示されている。デバイスへの応用としては高性能トランジスタや光センサー、さらには超伝導量子コンピュータまで研究が進められているという。

 

こうしてみると、物質にはまだまだ未解明の性質があって奥が深い。いま最も多く使われているデバイス半導体を材料としているが、半導体が使われ始めたのはたかだか70年くらい前のことだ。これから先、まだ見ぬ材料が驚くべき特性をもって世界を席巻するかもしれない。そう思うと、とてもワクワクしてくる。