2023年下半期に読んだ本ベスト10

2023年も終わりが近づいてきたので、下半期に読んだ本のなかから良かったものを10冊選んでみました。ノンフィクション5冊、フィクション5冊です。*1 全体的に分厚いノンフィクションを読んでいる時間が長くて、小説はやや少なめでした。

 

 

ノンフィクション

伊藤憲二『励起 仁科芳雄と日本の現代物理学』(みすず書房

励起 上――仁科芳雄と日本の現代物理学励起 下――仁科芳雄と日本の現代物理学

仁科芳雄の本格評伝。ベストはこれ。感想はこちらに。

 

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イレネ・バジェホ『パピルスのなかの永遠 書物の歴史の物語』(訳・見田悠子、作品社)

パピルスのなかの永遠: 書物の歴史の物語

スペインの古典文献学者による書物の歴史。体系的な歴史というよりは、ギリシアとローマを起点にして縦横無尽に語るようなエッセイのスタイルで書かれている。書物の黎明から形を変えて受け継がれてきた文字文化の深淵をのぞく。読みながら、いま目の前にこのようにして本があることの意味を考える。人がものを書きつけ、それが千年単位で伝わっている。これはどういうことなのか。古典の読書欲もかきたてられた。来年の本選びに影響しそう。

 

ウォルター・アイザックソンイーロン・マスク』(訳・井口耕二、文藝春秋

イーロン・マスク 上 (文春e-book)イーロン・マスク 下 (文春e-book)

伝記作家ウォルター・アイザックソンが書いたイーロン・マスク。生い立ちから2023年4月くらいまで。端的におもしろすぎる。見どころはいくつもあるが、スペースXやテスラのエンジニアとの議論はヒリヒリしながら読んだ。物理法則以外の要件はすべて疑え。設計と製造を分けない。リスクをとって開発を早める。ありえない締め切り。とんでもないハードワーク。常軌を逸しているが本気を出すとはこういうことかと思わされる。ただ成果と表裏一体の危うさがあることは明らかで、Twitterでは完全に裏目にでていることもしっかりと書いてある。

 

トーマス・S・マラニー+クリストファー・レア『リサーチのはじめかた』(訳・安原和見、筑摩書房

リサーチのはじめかた ――「きみの問い」を見つけ、育て、伝える方法

トーマス・S・マラニーの『チャイニーズ・タイプライター 漢字と技術の近代史』がおもしろかったので、これも手に取る。人文系の研究の入門書。「きみの問いを見つけ、育て、伝える方法」と副題にあるとおり、研究をスタートする前のところからはじめる。自分は人文系のこうしたトレーニングを受けていないのでたいへんありがたい。自分では自分の関心を詳細に把握できていないことを前提にして、個人的な興味やテーマをいろんな角度からとらえながら、具体的な問いにしていくアプローチをじっくりやってくれる。個人的な問いからスタートするというところが重要で、ジャンルにとって大事かとか、役に立つとかから考えがちなのだが、そうじゃなくていい。

 

若島正『盤上のパラダイス』(河出文庫

盤上のパラダイス (河出文庫 わ 10-1)

詰将棋の世界を描いたノンフィクション。ひとつの世界にはまり込んでいくさま、そこで楽しんでいる変人たちのエピソードに引き込まれる。

 

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フィクション

ジェフリー・フォード『最後の三角形』(訳・谷垣暁美、東京創元社

最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選 (海外文学セレクション)

短編集、全14編。初めて読む著者で幻想文学は慣れないジャンルだが、チャレンジしてみたら総じて良かった。まだうまくおもしろさがつかめていないが、幻想的な設定とリアリティのある描写の組み合わせがいいのかもしれない。文章がよければジャンルは気にしなくていいなと思えた1冊。「アイスクリーム帝国」、「最後の三角形」、「星椋鳥の群翔」あたりが特に好き。

 

小川哲『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社)

君が手にするはずだった黄金について

小説家を主人公とする連作短編集。エントリーシートに悩まされる「プロローグ」。記憶のない平凡な1日を思い出そうとする「三月十日」。友人に頼まれオーラリーディングのからくりを暴こうとする「小説家の鏡」。知り合いがネットの有名人になっていく「君が手にするはずだった黄金について」と「偽物」。山本周五郎賞ノミネートの連絡をうけた日の話「受賞エッセイ」。いずれも日常に見え隠れするフィクションや虚構をありかたをとらえていておもしろい。

 

イアン・マキューアン『土曜日』(訳・小山太一、新潮クレストブックス)

土曜日 (新潮クレスト・ブックス)

ロンドンに住む脳神経外科医の中年男性のある1日。その1日は飛行機事故を目撃するところから始まる。休日ではあるが、病院からの呼び出しもあるかもしれない。自身はスカッシュの予定と、義父や子供たちが家に集まる予定が控えている。時間が止まっているかのような描写や回想で、いくつかの不穏な気配とともにゆっくり進む。水面に浮上するものもあれば、そうでないものもある。そのすれすれ感とともに、一緒にいる相手や場所によって、役割や関係、気分が移り変わっていく。夢中に読んで我に返ると、1日とは思えないほどに高密度。

 

石田夏穂『我が手の太陽』(講談社

我が手の太陽

化学プラントの配管工事をする熟練溶接工が突然スランプに陥る。自覚はないまま溶接の出来が基準を満たさないことが増え、解体工事へとまわされる。安全意識が低い現場にあたり、いつもの仕事が狂い始める。プライドと現実のずれ。このくらいいいだろうという魔がさす瞬間。火に魅入られるような描写がよい。知らない世界のことだけど、自分事として読ませる緊迫感があった。良い意味で芥川賞候補っぽくないと思う。

 

川端裕人ドードー鳥と孤独鳥』(国書刊行会

ドードー鳥と孤独鳥

著者はドードーをテーマにしたノンフィクションを書いていて、今度は小説を出すということで気になって手に取る。本書は生き物が好きな2人の幼なじみの物語。小さいころから絶滅種への関心をもち、自分たちをドードー鳥と孤独鳥に重ねる。一人は新聞記者からフリーのライターになり、ドードー鳥を追いかける。もうひとりは獣医や分子生物学のほうへ進み、脱絶滅の研究をする。絶滅種をめぐって、サイエンスコミュニケーションやバイオ研究と倫理の問題にからんでいくところを興味深く読んだ。フィクションだからこそ踏み込める部分もある。

 

 

 

以上。また来年も良い本と出会えますように。

 

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*1:ブログでずっと書いていた〈沢木耕太郎ノンフィクション〉シリーズは良いものばかりですが、殿堂入りとしてベスト10には入れていません。