コピーの功罪~『パクリ経済』、『誰が音楽をタダにした?』

パクリやコピーという言葉には悪いイメージがつきまとう。楽して人の成果を横取りしている、と。K・ラウスティアラ&C・スプリグマン『パクリ経済――コピーはイノベーションを刺激する』(みすず書房は、コピーと創造性の関係について常識をくつがえすような事例を紹介している。必ずしもパクリ=悪ではなく、特定の分野ではむしろプラスにはたらいている。

私たちの主要メッセージは、楽観的なものだ。驚いたことに、創造性はしばしばコピーと共存できる。そして条件次第では、コピーが創造性の役に立つことさえあるのだ。(p14)

パクリ経済――コピーはイノベーションを刺激する

そもそも、なぜパクリはよくないとされているのか。パクリを禁止する制度として知的財産権の保護があり、その根拠は独占理論と呼ばれる。自由にアイデアを盗むことができる世界では、当然パクリは横行する。すると、苦労して新しいものを生み出す人がいなくなってしまう。創造的であることのコストパフォーマンスが悪くなるからだ。しかし、それでは世界は良くならない。だから創造性を活性化させるために、パクリを禁止しようというわけだ。

『パクリ経済』はこの独占理論に例外を見つける。たとえば、ファッション業界。ファッション・デザインは法によってコピーから保護されておらず、合法的にコピーが繰り返されている。しかし、アパレル産業は創造性を失わずに繁栄し続けている。それはなぜか?

答えはファッション・サイクルにあるという。

コピーを許している法的ルールは、スタイルの普及を加速させる。そして普及が早ければ早いほど、衰退も早い。衰退が早ければ早いほど、新しいデザインへの欲求も早く、強くなる。そしてそれらの新しいデザインがコピーされると、同じように新しいトレンドの創造——そしてその結果としての新たな売り上げ——に拍車がかかる。

つまり、コピーとはファッション・サイクルを加速させる燃料なのだ。(p.65)

さらに踏み込んで、トップブランドが自らコピーするメリットすらあるのでは?とも書いていておもしろい。

この事例は、コピーが創造性を殺すといった単純な見方とは別の視点を与えてくれる。この他にも料理、アメフトの戦術、コメディアンのジョーク、フォントデザインなど、コピーと創造性が共存している例を分析していて興味深い。
 

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『パクリ経済』のエピローグは、音楽について書かれている。よく知られているように、音楽業界にとってコピーは悩みの種だった。ティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?――巨大産業をぶっ潰した男たち』(ハヤカワ文庫)は、その背景をたどったノンフィクションだ。

誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち (ハヤカワ文庫 NF)

音声圧縮技術mp3を開発したエンジニア、ヒットを飛ばすレコード会社の音楽エグゼクティブ、そして音源をネットにリークするCD工場の労働者。この3人を通して、オーバーグラウンドとアンダーグラウンドまで、テクノロジーが音楽産業になにをもたらしたのかがわかる。

ネット以降の音楽産業に起きたことはコピーの問題だ。mp3はCD音源の聞こえ方をそのままに、データ容量を12分の1に圧縮した。Napsterはネットワーク上のファイルの流通を高速化させた。そうした技術的状況下で音楽はタダで選び放題になった。新作さえ発売前にリークされ、無料で入手可能となった。その結果、CDの売上は減少していく。

ただNapster以降もしばらくはCDの売上は無事だった。むしろ売上に貢献していたという解釈もある。売上減少の決定打は携帯mp3プレイヤーの普及だったというのが印象的。

携帯型音楽プレーヤーが一般に普及していない現状で、mp3は次善の策だった。mp3はどこにも持ち出せなかった。車の中で聞くことも、ランニング中に聞くことも、飛行機の中で聞くこともできなかった。それでパーティーのDJをすることもできなかった。重いコンピュータを引きずって歩き回るわけにはいかなかったからだ。mp3をCDに落とすことはできた。だがほとんどのCDプレイヤーではファイルを再生できなかったし、たとえできたとしてもCDプレイヤーで何百ものファイルから選曲するのはとてつもなく手間がかかった。だから海賊版のmp3がアルバム売上を押し上げていたのだ。短い間は。(p.165)

この短い間にだけ、コピーとオリジナルの共存関係があったというのはおもしろい。コピーが持ち運びできない試供品として機能していたと思われる。また、人は有料より面倒を避ける傾向があることもよくわかる。

結局、快適な音楽環境を提供したのは海賊版だった。好きな音楽を無料でダウンロードしてiPodで聴く(もちろん違法アップロードは犯罪)。一方で、レコード会社はCDにこだわっていた。まさにイノベーションのジレンマで、CDが売れていたからこそ利便性が高いとわかっていても配信に踏み切れない。リスナーは利便性と安さを求めて海賊版に流れた。

海賊版の取り締まりは難航した。訴訟には時間とコストがかかるし、類似の共有サービスは乱立していたからだ。最も効果的な対処法は、公式による便利な配信サービスだった。今度はAppleに利益を持っていかれるわけだが。

iTunes以降、音楽業界はビジネスモデルの転換をせまられた。CDから配信やSpotifyなどのサブスクリプションへ。アーティストの収入は音源からライブへと重心を移している。並行して、レコードのリバイバルも起きている。コピーが徹底化された結果、コピーできない体験の価値が高まっている。

急速に変化するテクノロジーのなかで音楽業界は炭鉱のカナリアのようだ、とだれかが書いていたけど、まさにそんな感じ。本書の解説で、映画・音楽ジャーナリスト宇野維正氏はこう書いている。

音楽はタダになって、やがて月10ドルになった。それがこの先どこに行き着くのかは、まだ誰にもわからない。