スティーブ・ジョブズの公式の評伝で知られる、作家ウォルター・アイザックソン。ジョブズの次の本では、コンピュータとネットワークの開発史をテーマとしている。『イノベーターズ 天才、ハッカー、ギークがおりなすデジタル革命史』(訳・井口資仁、講談社)。
物語のスタートは1843年。エイダ・ラブレスが書いた、バベッジの解析機関への「注釈」から。多目的機械、論理演算、アルゴリズムなどの概念を記述していることから、この本ではコンピュータの理念的先駆者としてエイダを評価している。終わりは2011年、クイズ番組で優勝したIBMのワトソンまで。Deep Learning系の話はまだでてこない。
目次を見てみると、どの章を取り出しても1冊できそうな話がごろごろある。これらのつながりを意識して書かれているところが本書の特徴になる。
- 年表
- 序章 チームワークこそイノベーションの根幹
- 第1章 ラブレス伯爵夫人エイダ
- 第2章 コンピュータ
- 第3章 プログラミング
- 第4章 トランジスタ
- 第5章 マイクロチップ
- 第6章 ビデオゲーム
- 第7章 インターネット
- 第8章 パーソナルコンピュータ
- 第9章 ソフトウェア
- 第10章 オンライン
- 第11章 ウェブ登場
- 第12章 エイダよ、永遠に
コンピュータの歴史には、たくさんの発明が積み重なっている。そして、いまのコンピュータ環境の基礎となる2つのイノベーションに結実する。マイクロチップとパケット通信ネットワーク。
さらにその前段には、こんな世界をつくりたいというビジョンがある。やがて実現するための理論が登場し、技術が追いついてくる。この一連の流れが、かたちを変えて繰り返される。作業は1人の中で完結することはなく、だれかとの協力によって進んでいく。
本書のもうひとつの軸として、どのようにしてアイデアが生まれるか、という問いがある。その道具がもつ機能そのままに、コンピュータ史の中心にはコラボレーションがあって、人と人のつながりが新しいものを生み出してきた。
そして生み出したものによって、さらにコラボレーションが加速した。開発者ほどコラボレーションの重要性に自覚的で、たとえば、スティーブ・ジョブズは新しいオフィスを設計する際に、従業員の交流をうながすようなデザインを取り入れた。
ところで、著者のウォルター・アイザックソンの過去の作品を見ていくと、ベンジャミン・フランクリンやアインシュタインなど、1人の天才を題材にすることが多い。一方で本作は、タイトルが複数形であることからも明らかなように、多くの人々の貢献を描く。
ジョブズの伝記のあとにこれを書いたことは、なかなか示唆的。現代においてイノベーションはどうあるのか。(現代を扱った近作では、遺伝子編集技術を取り上げた"The Code Breaker"がある。どう書かれているのか気になるところ)
ジョブズの伝記のあとにこれを書いたことは、なかなか示唆的。現代においてイノベーションはどうあるのか。(現代を扱った近作では、遺伝子編集技術を取り上げた"The Code Breaker"がある。どう書かれているのか気になるところ)
トランジスタの発明者として歴史に名を残すことになるのは、情熱と真剣さにあふれた3人の研究者で、お互いを補う面もあれば反目し合う部分もあった。手先の器用な実験家ウォルター・ブラッテン、量子物理学者ジョン・バーディーン、そして情熱と真剣さでふたりにまさる――最後にはそれが悲劇につながるのだが――固体物理学のエキスパート、ウィリアム・ショックレーである。
個人の才能とチームの協調、どっちも大事という身も蓋もないことが書いてある。いろんな才能が活発に議論をする。そういう環境が当時のベル研究所にはあったという。
トランジスタの発明という成功に続いて、失敗があるのもこの章が印象的になるゆえん。ブラッテン、バーディーン、ショックレーの3人は、のちにノーベル賞を共同受賞することになるのだが、最初のデバイスに関しては、ブラッテン、バーディーンの成果がメインだった。
焦燥感にかられたショックレーは、成果を独占したいという欲で、改良版の研究をひとりですすめるようになる。それで結果を出すのがすごいのだが、特許がらみのトラブルもあって、結局チームは分裂する。
ショックレーはベル研を離れて西海岸へ移り、点々としたのちショックレー半導体研究所を設立する。トランジスタの製造を試みて、ロバート・ノイスやゴードン・ムーアなど優秀なメンバーを集めるが、またもやついていけなくなったメンバーの離反。それがフェアチャイルドセミコンダクター、のちのインテルにつながっていく。
こうしてみるとヨーロッパで生まれた量子力学をベースとして、米東海岸でトランジスタが発明され、製造拠点は西海岸へという流れがあっておもしろい。やがてそこはシリコンバレーと呼ばれる場所になり、ITの物語へとコラボレーションは続く。