毎日のようにAIがニュースになる。身近なデバイスへの導入、技術のブレイクスルー、法律の整備などなど、その観点もさまざまである。その中でも、AIによって人間の仕事が奪われるのではないかという懸念をよく目にする。関連書も多い中で、他とは違う視点を出している本があった。新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』である。
著者は数学者であり、また、「ロボットは東大に入れるか」を検証したいわゆる「東ロボくん」のプロジェクトディレクタでもある。本の前半では、このプロジェクトを解説するとともに、現在のAIの実力を示していく。現状では、東大の合格まではいかないが、MARCHレベルは合格圏内である。ここから、人間のすべての仕事がすぐになくなるということはないが、強力なライバルであるという見解を示す。
AIの課題は、言葉の意味を理解することである。なぜなら、計算機では数学しか扱えないからだ。つまり、論理・確率・統計で表現できないものを扱うことができない。これが大きな壁になっており、AIによる入試問題の偏差値は60程度にとどまるだろうという予測がなされている。数あるAI論のなかでも、冷静で正確な理解を促しているという印象。ただそれだけに、ライバルとして強力という点は真に迫ってくる。
コンピュータの欠点は、言葉の意味を理解できないことだった。それに加えて、柔軟性や常識も乏しい。逆にいえば、それがAIに対する人間の優位性ということになる。よって、そのような能力が重要になる仕事は、まだ人間がやることとして残されている。しかし、そのような能力は教育によって鍛えられているのか。この検証が本書のもうひとつの見どころである。
著者らは、読解力に注目する。読解力のテストであるリーディングスキルテスト(RST)を開発し、中高生からデータを集め、具体例を挙げながら分析している。その結果には、驚くべきことが書かれている。中高生の多くは教科書を読める程度の読解力がない!(世代論ではない。念のため)。つまり、教科書を読んでひとりで勉強するのは難しいということだ。また、読解力は偏差値と強い相関を示した。これは、読解力の差が、その後の学業に強い影響を及ぼすことを意味する。読めばわかるか/わからないか、ここが重要な分岐になっていると指摘している。
AIがライバルとして目立ってきた。そして、人間の優位性は、言葉の意味を理解できることだった。しかし現状では、その意味の理解すら危うい。
では、どうすればいいのか。科学的な検証に耐えた処方箋はいまのところない、というのが現時点の答えとなっている。残念ではあるが、誠実さの表れだと思う。この問題は、教育の重要課題であることは間違いないし、ほかにも、アンケートによって何かを調査することは可能なのかというような疑問にも発展する。この話題は今後も注目していきたい。
AIが言葉の意味を理解できないという点については、川添愛『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』がよかった。言語の意味を理解するためには何ができなくてはいけないのか、またそれらがどのように難しいのか。イタチを主人公にした物語と解説という構成で、非常にわかりやすく解説されている。
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