研究者のノンフィクションを2冊読んだ。どちらもフィールドワークという共通点があるが、ひとつは現代、もうひとつは19世紀が舞台となる。冒険や自然との格闘、時代ごとの研究の背景など、並べて考えてみるのもおもしろい。
前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)』
バッタ研究者の自伝的な活動の記録。まえがきからして、著者のバッタ愛がすさまじい。書き出しはこんな風。
100万人の群衆の中から、この本の著者を簡単に見つける方法がある。まずは、空が真っ黒になるほどのバッタの大軍を、人々に向けて飛ばしていただきたい。人々はさぞかし血相を変えて逃げ出すことだろう。その狂乱の中、逃げ惑う人々の反対方向へと一人駆けていく、やけに興奮している全身緑色の男が著者である。
子どものころからの夢は「バッタに食べられたい」らしい。しかも、バッタを触りすぎてバッタアレルギーになったとか。読み進んでいくと、その熱量に圧倒されること間違いなし。
アンドレア・ウルフ『フンボルトの冒険 自然という〈生命の網〉の発明』
博物学者であり、探検家であり地理学者でもあるアレクサンダー・フォン・フンボルト(1769-1859)の伝記。地名や動物名などに多く名を残すフンボルトは、学問が細分化される前の知識人の例にもれず、多彩な肩書をもつ。では、その功績とはどのようなものか。
もっとも重要なのは、フンボルトが私たちの自然観を根本的に変えた点にある。彼はありとあらゆるものに関連性を見出した。何物も、もっとも小さな生物でさえ、それだけを他と切り離して考えることはできないのだ。「この壮大な因果の連鎖がある限り、独立して考えられるものは一つもない」とフンボルトは述べている。この洞察にもとづき、こんにち私たちが知る「生命の網(ウェブ・オブ・ライフ)」という自然の概念を生み出したのだ。
自然を分類して理解しようとするのではなく、つながりを見出し、生態系としてとらえる。生態系という言葉が当たり前になった現代では、それ以前のことをうまく想像することもできないほど。このような考えにいたる過程には、波乱万丈の冒険がある。生死をさまよいながら南米の熱帯雨林に分け入っていく場面は、本書の読みどころ。
個人的には、山の絵と植生を対応づけた自然画や天気図に使われる等温線の発明などグラフィックのテクニックがおもしろかった。そのほか、いち早く環境問題を指摘したことも書かれている。これも自然を総体としてとらえるという視点による先見の明だろう。さらに、「生命の樹」を提唱したダーウィンへ強い影響を与えたことからもフンボルトの仕事の重要性を知ることができる。