半年ごとに書いているベスト10。今回もフィクションから5冊、ノンフィクションから5冊を選んでみた。フィクションのかたより方がひどいが、こればかりはしかたがない。早川SF強し。
フィクション
テッド・チャン『息吹』(訳/大森望 早川書房)
『あなたの人生の物語』から17年、待望の作品集が翻訳された。読む前の期待値は高すぎるくらいだったが、悠々と超えていった。9編すべてが素晴らしく、前作と並んでオールタイムベスト級。世界をまるごと創造し、驚くべき光景を目の前に表す。あるいは、地続きの世界に設定をもちこんで考え方を揺さぶる。設定のうまさ、作品のメッセージ性、語り口、どこをとっても傑作。
劉 慈欣『三体』(訳/大森望 早川書房)
スケールのでかい長編という意味では今年ベスト。中国の文化大革命で父を失った科学者は宇宙からのメッセージを受け取る。それから、科学では説明のつかないできごとが起こり始める。そのファーストコンタクトの真意とは・・。メッセージの送り主の世界を体験するゲームのシーンがおもしろい。太陽が3つあり、その動きは予想できない。気候は安定せず、文明の興亡を繰り返す。三部作の第一作ということで、来年邦訳予定の第二部が楽しみだ。
伴名練『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)
並行世界の移動が自由になった世界でその能力を失った少女の青春「なめらかな世界と、その敵」、1900年代日本にSFの萌芽をみつける架空の文学史「ゼロ年代の臨界点」、 脳へのインプラントが感情を司る世界を描いた伊藤計劃へのオマージュ「美亜羽に贈る銃」、妹から姉への手紙で明かされる不思議な能力の秘密「ホーリーアイアンメイデン」、冷戦に勝利したソ連は人工知能でシンギュラリティへと到達する「シンギュラリティソビエト」、修学旅行をさぼった僕と不良少女は事故に巻き込まれた同級生の救出にむかう「ひかりよりも速く、ゆるやかに」。上質な作品集。
小川哲『嘘と正典』(早川書房)
『ユートロニカのこちら側』、『ゲームの王国』の小川哲の初短編集。冒頭の「魔術師」を読んだ時の興奮は忘れがたい。次の日とその次の日も読んでしまった。プリースト『奇術師』を思い起こすようなマジシャンの話。そのマジシャンはタイムトラベルを実演し、老けて帰ってくる。再び装置を起動するともう戻ってこない。その子供である姉弟はタネを考え続け、やがて姉が再演を果たす。その真相とは・・・。
リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』(訳/若島正 みすず書房)
小説家パワーズはこれまでの著作と恋愛を回想しながら、対話型AIの訓練をする。訓練をするなかで、訓練される。教えるだけでなく、対話になってしまう。意味があると思ってしまう。文学ならではの語りが感情を揺さぶる。サブプロットが収束していく構成、文のボリュームと密度がくせになる。新作でピュリッツァー賞受賞の『オーバーストーリー』もよかった。
ノンフィクション
古田徹也『不道徳的倫理学講義』(ちくま新書)
道徳を考えるときに運をどう取り扱うか。なにか行為するとき、その結果は運に左右されてしまう。良かれと思ってしたことが害をなすこともあれば、その逆もある。ではそんな状況からどのようにして道徳を組み立てるのか。古代からの議論を丁寧にたどる。ごく身近な話としても読むことができる良書。最後、道徳と運の関係から当事者/固有性に展開するところは感動的な驚きがあった。
ジェイムズ・グリック『インフォメーション 情報技術の人類史』(訳/楡井浩一 新潮社)
情報技術で人類史を記述する試み。クロード・シャノンの定義した情報という概念を起点とする。そこからトーキング・ドラム、電信、文字、言語、計算機、心理学、メディア、暗号、論理学、物理学、生物学を横断する。時代によってメディアは変化してきたが、人類史はつねに情報技術とともにあった。そうした見晴らしのいい視座をもたらしてくれる。
ウォルター・アイザックソン『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(訳/土方奈美 文藝春秋)
『スティーブ・ジョブズ』の伝記が有名なウォルター・アイザックソンが描くレオナルド・ダ・ヴィンチ。自筆ノートからレオナルドの幅広い活動の軌跡に光を当てていく。画家以外にも解剖、光学、演出、土木工事、軍事などさまざまな活躍をしている。レオナルドの絵のなにがすごいのか。それは光学や解剖にもとづく正確な描写である、と。本書を読むとその背後にある好奇心と行動力に圧倒されること間違いなし。
苅谷剛彦・石澤麻子『教え学ぶ技術』(ちくま新書)
著者の2人が先生と学生の立場になり、論文指導をする形式で教え学ぶ技術を実践的に見せていく。問いのほぐしかたというか、いろんな角度からみるためのメソッドがおもしろい。徹底してロジカルに考えさせ、引き出していく。自分の頭で考えるとはどういうことなのか。ガチの指導がみられる。論文が指導のたびに良くなっていくのが見もの。
岸本佐知子、三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美『「罪と罰」を読まない』(文春文庫)
ドストエフスキー『罪と罰』を読まずに、読書会をする。断片的な情報を手がかりにストーリーをあーだこーだ予想していく。読み巧者たちはその余白をどう埋めるのか。自由な想像力を楽しめる。普通に読むよりも楽しめているといっても過言ではない。本の読み方はもっと自由でいいんだな、と思える。未読読書会、いつかやりたい。
番外編
末次由紀『ちはやふる』(BE・LOVEコミックス)
競技かるたを中心とした人間ドラマを描く。アニメも実写映画も素晴らしかったので、原作コミックも手に取る。 現時点で43巻。おもしろくて、すぐに追いついた。スポーツとしての手に汗握るおもしろさに加えて、百人一首の和歌をもちいた効果的な演出が随所にちりばめられる。千年残った意味の強度と深みを現代の高校生の人生とかぶせる。じっと見入る美しいシーンあり、思わず笑うシーンもあり。
来年もおもしろい本が読めますように。