ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス——テクノロジーとサピエンスの未来』& 合わせて読みたい本

なぜ人類は地球を支配するにいたったのか。歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリいわく、認知革命によって宗教、貨幣、国家などの虚構を共有し、柔軟に協力できるようになったからだ。そんな虚構を軸にした人類史、それが『サピエンス全史』だった。では、これからの人類はどうなるのか。この壮大なテーマを扱ったのが、このたび翻訳された『ホモ・デウス——テクノロジーとサピエンスの未来』だ。

ホモ・デウス 上下合本版 テクノロジーとサピエンスの未来

ここでは『ホモ・デウス』の内容を以下の3つに絞って書いてみる。

①歴史研究と予測の意義

②人類にとっての課題

③科学と宗教の関係

①歴史研究と予測の意義

序盤では、この本の方法論と読むときの注意点について述べている。この本では未来の予測をしているが、そのための方法は歴史研究である。なぜ歴史の研究が重要なのか。

歴史の研究は、私たちが通常なら考えない可能性に気づくように仕向けることを何にもまして目指している 。歴史学者が過去を研究するのは、過去を繰り返すためではなく、過去から解放されるためなのだ。

私たちは一人残らず、特定の歴史的現実の中に生まれ、特定の規範や価値観に支配され、特定の政治経済制度に管理されている。そして、この現実を当たり前と考え、それが自然で必然で不変だと思い込んでいる。私たちの世界が偶然の出来事の連鎖で生み出されたことや、歴史が私たちのテクノロジーや政治や社会だけでなく、思考や恐れや夢までも形作ったことを忘れている。過去の冷たい手が祖先の墓から伸び出てきて、私たちの首根っこをつかみ、視線をたった一つの未来に向けさせる。私たちは生まれた瞬間からその手につかまれているので、それが自分というものの自然で逃げようのない部分であるとばかり思いこんでいる。したがって、身を振りほどき、それ以外の未来を思い描こうとはめったにしない。

歴史を知らないと、この現実を当たり前のものとして考えてしまう。スマホをもっていて当然、自動車があるのが当たり前、自動車が左側を走るのが当たり前だと考えてしまう。しかし、そうではない。歴史を調べたり、異文化に触れればすぐにわかる。

歴史は偶然に満ちているが、その偶然を必然だとする神話が私たちの想像力をせばめてしまう。未来のことを考えるために、歴史を知り、想像力を過去の縛りから解放しようというわけだ。具体例として、芝生の歴史をたどり、いかにして富と権威の象徴になったのかを示すところがすごくおもしろい。これだけで一冊読みたいくらい。

さらに、「世界を変えようとする運動は、歴史を書き換え、それによって人々が未来を想像し直せるようにすることから始まる場合が多い」とも書いている。まず変更可能であることに気づくのが重要。

ただこれ、けっこうヤバイことを言っていて、洗脳にも似たようなところがある(「いままで学んだことは全部捨てて、これを信じろ!」)。だから、歴史の妥当性には十分注意しないといけない。歴史を書き換えようとする人は、なんらかの未来を想定している可能性がある。それはどんな未来なのか、そちらに合わせて歴史を修正していないか。

 

この本では、歴史を踏まえて未来の予測をしている。読む上での注意点は、ここで示される未来予測はマニフェストではない、ということだ。あくまで「こうなるだろう」という予測であって、「こうなるべきだ」というようなものではない。

さらに重要なこととして、マルクスを念頭において次のように書いている。*1

この予測は、予言というよりも現在の選択肢を考察するための方便という色合いが濃い。この考察によって私たちの選択肢が変わり、その結果、予測が外れたなら、考察した甲斐があったというものだ。予測を立てても、それで何一つ変えられないとしたら、どんな意味があるというのか。

予測自体が人の行動を変えるので、予測の当たり/はずれはさほど重要ではない。それよりも、予測がもたらした選択肢によって、より良い未来を想像できるかが重要なポイントとなる。これは他の予測系の本を読むときにも注意したいところ。

②人類にとっての課題

これまでの人類の大きな課題は、飢饉と疫病と戦争だったと振り返る。これらの影響で大量の人命が失われてきた。だが、21世紀現在まででかなり抑え込んできている。もちろんなくなってはいないし、今後どうなるかはわからない部分もあるが、少なくとも歴史的にはそういえる。また、解決策としての科学的知識は充実しているが、政治の問題で課題が残っているというケースも多い。

じゃあ、これからの課題はなんだろう。本書では、これからの人類は不死と幸福と神性の獲得しようとすると予測。幸福はわかりやすいが、不死と神性というワードが気にかかる。これらを方向性と考えて、長寿化と新しいタイプの権威とすれば現在の延長線上にあるように思える。

これまでの課題では過酷な環境をどう克服するかが重視されていた。それに対して、これからはテクノロジーによって人間の能力を更新する、いわばアップグレードに重きがおかれている。ホモ・サピエンスからホモ・デウスへ。

 

③科学と宗教の関係

これまで科学はさまざまな課題を解決してきた。上に書いた例でいえば、バイオテクノロジーと土木は飢饉を、医学は疫病を克服してきた。それはこれからも継続していくだろう。

同時に、科学の歴史は人間の特権性を奪っていく歴史でもあった。とりわけ進化論と認知科学インパクトは大きく、現代科学に自由意志の居場所なない。果たして、人間と動物の違いはどれだけあるのか。動物にも権利を認めるべきではないかといった議論はこのような科学の展開と並行している。

しかし、科学がいくら進んでも、価値観の判断や倫理についてはなにも教えてくれない。科学が扱うのは事実関係だけだからだ。では、価値観や倫理の前提はどこからくるのか。それが宗教だという。上述した状況を背景につくりだされた現代の宗教は、人間至上主義だとする。人間至上主義とは、人間の経験が宇宙に意味を与えるという考えで、人間の特権性を奪ってきた科学と裏表になっている。この考えによって、動物の欲求は無視されてきた。

 

これから重要となるテクノロジーは、生命科学アルゴリズムだという。人間の情動を生化学的なアルゴリズムととらえるとこの2つはつながり、これからの課題の主役となる。つまり、人間のアップグレードだ。具体的には、記憶力や集中力を高めるようなことがある。

そのとき宗教も変化していくと予測している。これまでの人間至上主義からデータ至上主義へ。人間の経験が意味を与えるという考えから、データとアルゴリズムが意味を与えてくれるという考えへシフトするということだ。

例えば、自分が本当にやりたいことは何かと考えるとき、これまでなら内なる声に耳を傾けようというアドバイスが一般的だった。一方、データ至上主義の考え方はこうなる。これまでの経験をできるだけクラウドにアップロードすれば、アルゴリズムが最適な選択肢を教えてくれる!

これは現在進行形の現象で、AmazonYoutubeのレコメンド機能がわかりやすい。また、身体のデータなどをアップロードして、健康管理するサービスもメジャーになりつつある。さらに先には、遺伝子や脳波まで進むことも想像に難くない。

そうなったときに、自分の欲望とはなんだろうと思うときが必ず来る。人工知能は野菜食えってうるさいけど、唐揚げ食べたいし。科学の説明では、その本能は食料が貴重だった時代に進化的に有利だったアルゴリズムで、食料が豊富になった現代には適していないってことになる。なるほど。「このまま唐揚げを食べ続けると病気になる確率が・・・」、まあそうかも。でも本能は消えないしなぁ...そこで本能をテクノロジーによってアップグレードしようとかがでてくる。

ここで、人間至上主義によって動物の欲求が無視されていたことが思い出される。データ至上主義では、人間の欲求が無視されるというか、上書きされる可能性もある。もしかしたら、そのうち唐揚げを食べたくなくなるのかもしれない。それ老化では?ってなるけど、あながち冗談ではなくて、老化現象を参考にしてカロリー摂取をおさえる治療(アップグレード)とかありえそうで怖い...

 

 『ホモ・デウス』と合わせて読みたい本

ローマン・クルツナリック『生活の発見』

歴史を学ぶ意義を共有している本。 身近なものや概念の歴史をたどることで、目の前の現実が数あるオプションの1つのバージョンにすぎず、変えていけることを教えてくれる。

生活の発見 場所と時代をめぐる驚くべき歴史の旅

生活の発見 場所と時代をめぐる驚くべき歴史の旅

 

 

吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』

 進化と認知にかかわる諸科学や技術は、現在進行形で人間観の変容をもたらしている。その内実が丁寧に整理された本。『ホモ・デウス』と関心領域がかなり重なっている。こちらを先に読むといいかも。

 

web.kawade.co.jp

 

伊藤計劃虐殺器官』、『ハーモニー』

人間のアップグレードを描いたフィクションで真っ先に思い浮かんだ2冊。アップグレードの目的が、戦争と健康に設定されているのはまさに慧眼。 初めての方も、10回目の方も、ぜひこれを機に。

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

 

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

  

デイヴ・エガーズザ・サークル

 GoogleFacebookを合わせたような企業を舞台に、データ至上主義へと突き進むディストピア小説。情報の共有が正義になるとどうなるか。絶妙な風刺が効いている。徐々に笑えなくなってくるところが怖い。 

ザ・サークル (上) (ハヤカワ文庫 NV エ 6-1)

ザ・サークル (上) (ハヤカワ文庫 NV エ 6-1)

 

 

ザ・サークル 下 (ハヤカワ文庫 NV エ 6-2)

ザ・サークル 下 (ハヤカワ文庫 NV エ 6-2)

 

 

kinob5.hatenablog.com

*1:マルクスは労働者が資本家に搾取されている状況を分析し、労働者による革命を予測した。だが、実際はそうなっていない。ポイントは、資本家もマルクスを読み、行動を変えるということ。