将棋ノンフィクションを読む04――『師弟』、『絆』

棋士にはみな師匠がいる。将棋界には師弟制度があって、プロの世界に入るには弟子入りをすることになる。最近どこの業界でもタテの関係の難しさが目立つけれど、将棋界は外から見ていていいなぁと思うことが多い。

 

たとえば地上波で放送されるNHK杯には、解説者として対局者の師匠や兄弟子がよくでている。そのときに語られるエピソードからほどよい距離感を感じる。将棋の解説のあいだに、雑談っぽい話を混ぜるあの感じいい。

 

野澤亘伸師弟 ――棋士たち 魂の伝承光文社文庫)とその続編絆――棋士たち 師弟の物語日本将棋連盟)は師弟という関係を軸に、棋士たちの知られざる物語を描いている。著者はカメラマンとして将棋界の取材にかかわるなかで、棋士の人生に魅了されたという。巻頭にはカラー写真のページがあり、ビジュアルでも楽しませてくれる。

 

師弟 (棋士たち 魂の伝承) 絆―棋士たち 師弟の物語


若手~中堅とその師匠という組み合わせで、1冊目では6組、2冊目では8組を収録している。杉本昌隆&藤井聡太が両方に登場するので全13組になる。各章で1組の師弟をとりあげ、それぞれの棋士が将棋と出会い、修行期間を経てプロになり、現在に至るまでの人生をたどる。

 

この本の取材について著者はこう書いている。

 師弟の取材を続けて、感じたことがある。個としての棋士は、意志が強く、インタビューを通して自分の世界観の中に他者を簡単には踏み込ませない。それは棋士になるまでの困難な道程を物語るとともに、彼らの中に形成された自己哲学の強さによるだろう。柔らかく紳士的だが、どんなに押しても説き伏せることができない空気を纏っている。

 それが師弟という関係性でアプローチすることで、意外な一面が見えてきた。いまを輝くトップ棋士たちが、師との絡みの中では自らの未熟さや少年期のあどけないエピソードを、次々と話してくれたのだ。また師の側も、弟子について語りながら自らの歩みを振り返り、古き良き昭和の棋界へ思いを馳せているようだった。(『絆』p4)

あらためて読みかえすと「まさに」という内容で、この企画のポイントがつまっている。端々から感じられる棋士たちの個性は、将棋のことを知らなくても響くものがあると思う。

 

取り上げられる弟子は近年活躍している棋士ばかり。師匠サイドには第一線にいる棋士もいれば、すでに引退された方もいる。本書に登場する棋士の生年月日をみてみると、1946年生まれから2002年生まれまで。じつに56年にわたる世代の棋士が登場する。戦後から現在にいたるまで、時代とともに変わったこと、そして変わらないことを感じとれる。

 

時代によらず、棋士への道は険しい。多くは小学生のころから実力をつけ、頭角を現す。 奨励会は東京か大阪に通うことになるので、保護者や学校の理解が欠かせない。地方に住んでいるといっそう大変だ。

 

いつまで学校に通うのかは悩みどころのよう。将棋一本に絞ったほうが、実力はつくだろう。しかし、プロになれるという保証はどこにもない。できるのなら学業の道も残しておきたい。このあたりの相談役として師匠という存在は大きい。

 

時代の変化という意味では、「葛藤」と題された森下卓・増田康宏の章が対照的でおもしろかった。奨励会時代に壁にぶつかった増田に対して、森下は記録係をやることを勧めた。プロの対局を間近で見て記録をとり、長時間の対局にたいする精神力を鍛えよ、と。だが、増田は記録をすすんでとることはなかった。それよりもデータベースの棋譜で勉強するほうが自分には必要だと思ったからだ。技術習得がなによりと考えた。その姿勢を貫くことで結果をだした。

 

 

弟子への技術的な指導は最初のうちだけ、というパターンが多いよう。結局のところ、プロになるためには自分で強くなるしかない。継続していくためのモチベーションも、技術的な鍛錬も自分でできなければ活躍することはできない。そういう前提が共有されている。

 

ではなぜ師弟制度があるのか?を考えると興味深い。個の力で勝負する世界で、人間関係がプロへのエントリー条件になるのはちょっと不思議ではある。やはり棋士を志す年齢が低いこともあり、案内役が必要ということが大きいと思うのだけど、プロになってからも関係は続いてく。

 

弟子が師匠の影響を受けるのはもちろんのこと、師匠もまた弟子の活躍に刺激を受けている。杉本・藤井の両者が参加した順位戦C級1組では二人とも9勝1敗の好成績で、師匠がB級2組昇級を決めた。師弟対決もあり、王将戦での千日手指し直しや竜王戦3組決勝での顔合わせはアツかった。

 

実力勝負の世界のなかで、師匠と弟子という特別な物語をみてしまう。偶然につながった師弟関係と、偶然の入り込まない盤上の戦い。この本に登場した弟子たちもやがて弟子をとる。そのときにまたこの本を読んだら、どう思うだろうか。すでに楽しみだ。

 

  

 

 

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