野球本オールタイムベスト10(2026春)

今年に入ってから野球に関する本をいろいろ読んでいました。すごくおもしろい本がいくつもあり、このままでは上半期ベストの半分くらいが野球の本になってしまってまずい(?)ということで、この機会に野球本のオールタイムベスト10を選んでみます。

しばりは野球に関連していればなんでもあり。全編とおして野球について書いていてもいいし、一部だけでもいい。フィクションでもノンフィクションでもいい。同じ著者の本を何冊選んでもよし。順不同です。

 

 

山際淳司『山際淳司スポーツ・ノンフィクション傑作集成』

野球以外も含むスポーツノンフィクションの傑作選。冒頭は野球の作品が並んでいて「ルーキー」、「江夏の21球」、「スローカーブを、もう一球」、「異邦人たちの天覧試合」などどれもおもしろかった。インタビューによって多面的な視点を織り込む構成と文章が巧み。

 

後藤正治『牙 江夏豊とその時代』

タイガース時代の江夏豊を中心にしながら、周辺人物や著者自身のことを含めてその時代を書き残す。王がいて長嶋がいて、江夏がいる。山際のように短くシャープに、というのではなく、人と人との接点を丁寧に積み重ねていくことで、江夏がどういう人物かが伝わってくる。

 

後藤正治『スカウト』

プロ野球のスカウトである木庭教に密着取材をする。その様子を軸にして、ほかのスカウトや選手たちのエピソードが数珠つなぎに書かれる。一緒に各地の球場を訪ね歩くことで、室内のインタビューでは書き得ないものが生まれている。才能はめったに見つからない。無駄足になることも多い。日常と記録、そのなかにときおり心に響く文章が入り込んでいる。

人の素質を見極めることはそれだけむずかしい。というよりそれは、一己の人生の未来を見通すことの困難さであるに違いない。(p.230)

スカウト

スカウト

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マイケル・ルイス『マネー・ボール』

これもスカウトを描いたノンフィクション。良い選手と安く契約するにはどうしたらいいか。メジャーリーグの資金が乏しい球団が、データ分析によって新しい戦略を試す。だれも見出していない選手のポテンシャルを見抜くために、これまでの常識や印象にもとづいていた選手の評価を疑い、データにもとづいて仮説を立て実践していくのが痛快。

 

鈴木忠平『嫌われた監督』

今回選んだなかで、世代的にリアルタイムで見たのはこれだけ。見ていたといっても、野球の試合しか見ていなかった。監督や選手がどんなことを考えていたのか、あのときの中日なにが起きていたのかを知ることができる。旅行中に夢中で読んだ。いくつかの場面で涙をこらえきれなかった。こういう体験があると、ほかの本もリアルタイムで見ていたらもっと、と思ってしまう。

 

海老沢泰久『監督』

名将・広岡達朗を架空の人物として主人公にした小説。プロ野球チーム・エンゼルスの監督になった広岡が停滞したチームの再生を試みる。好きにやるのか、勝つためにやるのか。情を排し、偶然性を排し、合理的に勝利へ向かう。そのなかに選手は野球の喜びを見出す。2回読んでいるが、2回とも読み始めたら止まらなかった。

 

海老沢泰久『ただ栄光のために 堀内恒夫物語』

巨人で活躍した大投手、堀内恒夫の現役引退までの物語。人に同調せず、自分のやり方で頭角をあらわす。練習をしない、門限を守らない。ブルペンではストライクが入らない。それでも試合になれば、投げて打っての大活躍をする。才能と性格の妙、そして描き方。たとえばこんな一節を読むと、いいなと思う。

その後、堀内はベンチをあたためてばかりいた。毎日やることといったら、試合前のランニングとブルペンピッチングばかりだった。彼はどうして試合で投げさせてもらえないのか分からなかった。コーチはブルペンでストライクがはいらないとぶつぶついうが、試合になればちゃんとはいるのである。なぜそれを証明するチャンスをくれないのだろう。(p100)

 

海老沢泰久『ヴェテラン』

野球選手6名を書いたノンフィクション短編集。「嫌われた男 西本聖」、「成功者 平野謙」、「指名打者 石嶺和彦」、「十年の夢 牛島和彦」、「ヴェテラン 古屋英夫」、「秋の憂鬱 高橋慶彦」。スーパースターだけが野球選手ではない。声高になることなく冷静に、彼らの思考とプレイを物語にかえる。

 

沢木耕太郎『敗れざる者たち』

これもスポーツノンフィクションの短編集。「三人の三塁手」、「さらば 宝石」という野球選手を描いた2作が印象に残っている。どちらも長嶋という英雄の影になった選手たちの人生にフォーカスしている。もしも長嶋と別の球団に入っていれば。もしもあのスクイズがもう少し転がっていれば。運命的としかいいようがない分岐点と勝負の世界の残酷さをつきつける。敗れても人生はつづく。

 

デヴィッド・ハルバースタム『男たちの大リーグ』

1949年のシーズンを通して、ヤンキースとレッドソックスの熱戦を描く。ペナントレースを進めながら、選手や監督、球団関係者、ライターたちの挿話が入る。観客たちの熱気も伝わってくる。みながそれぞれのしかたでベースボールというものをしっかり背負っていて、それを言葉にしている印象がある。さらにユーモアがこもっていて、それがいいなと思う。

 

 

以下、ちょっと蛇足。

『男たちの大リーグ』の巻末、玉木正之氏が書いた解説にハッとする一節があった。

日本のスポーツ・ノンフィクション作品は、スポーツそのものの描かれている場合が少ない。たとえスポーツがとりあげられていても、著者の力点は「スポーツマン」という一人の人間に絞られ、その人物像を浮き彫りにすることが主たるテーマになっている場合が多いのである。

どうやったら「野球そのもの」を描くことができるだろうか。そのひとつの答えが『男たちの大リーグ』というわけだが、そういわれてみれば「たしかに」と思わせるものがこの本にはあった。山際淳司「江夏の21球」や海老沢泰久『監督』にも同じような感触があった。

広くノンフィクション全般について、人物伝もいいけれど、それとは別の位相で「そのもの」を描いた作品を読みたい、と最近思うようになった。

 

 

 

過去に感想を書いたものもいくつか。

kinob5.hatenablog.com

 

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