『月をマーケティングする』、『デジタル・ミニマリスト』

アポロ11号とともに人類がはじめて月面に降り立ってから今年で50年になる。いまでは経営者が宇宙事業に乗り出し、宇宙ステーションへの輸送を手がけている。この間に機体制御、コストダウン、通信などの技術は蓄積されてきた。

次は火星へ、といった発言もときどき目にする。しかしなんというか盛り上がりを感じない。もっと大事なことがあるだろう、みたいに。アポロ計画のときはどうだったのか。

デイヴィッド・ミーアマン・スコット&リチャード・ジュレック『月をマーケティングする アポロ計画と史上最大の広報作戦』(訳/関根光宏・波多野理彩子、日経BP社)の帯文にはこうある。

人類がまだ火星に行っていないのは、科学の敗北ではなくマーケティングの失敗なのだ。

月をマーケティングする

この本は、アポロ計画マーケティングに注目する。ここでいうマーケティングとは、「企業なり組織が、製品やアイディアやサービスを潜在顧客に宣伝したり売り込んだり広めたりするために、多岐にわたっておこなう活動」。月に行くための技術の開発はもちろん必要だが、その開発を支えるための基盤としてマーケティングの重要性を示している。当時NASAに投入された費用は全政府予算の3%もあった。それだけのことができたのは、大衆の関心がついてきていたからだろう。

宇宙開発の前史として、ジュール・ヴェルヌの小説『月世界旅行』(1865年)を嚆矢とするフィクションの数々を紹介している。人々に宇宙への旅行を想像させ、好奇心をもたらすことが宇宙開発の源流になっている。

宇宙開発の時系列を見てみると、世界初の人工衛星であるソ連スプートニク1号打ち上げが1957年で、その翌年にNASAが発足。アポロ計画の開始は1961年で、アポロ11号は1969年。

その間のマーケティングは巧みだった。NASAアポロ計画の秘密のプロジェクトにしない、「開かれた広報活動」を打ち出す。情報をオープンにすることで人々の関心を集めた。その意味で、宇宙飛行士の果たした役割は大きい。NASAは宇宙飛行士のメディア露出をおさえようとしたが、世間の関心は高く、NASAのブランドを引き受ける存在になった。*1

またNASAだけではなく、メディアや契約企業も一緒に動いていた。

アポロ11号のミッションのあいだ、多くの人の関心がたったひとつの出来事に集まったのである。それによって、さまざまなビジネス・チャンスが生まれた。契約企業や玩具メーカー、映画制作会社などあらゆる企業が、全世界の注目が集まるこの前代未聞の瞬間を逃すまいと自社製品を売り込んだり、アポロ計画で自社が果たした役割を膨大な数の潜在顧客にアピールしたりしたのだ。世論が分断され、抗議や対立の嵐に見舞われた1960年代においては、月への冒険は、大半の人が少なくともしばらくのあいだは賛同できる唯一の目標だった。(p.32-33)


アポロ11号は月へ人類を届けた。まぎれもない偉業だ。しかし、世間の関心はそこから急速に低下していく。その後も計画は1972年のアポロ17号まで続くが、広く知られているのはアポロ13号の劇的な帰還くらいだろう。月面着陸の先のビジョンには関心が集まらなかった。他方で、宇宙から撮影された美しい地球の写真は地球環境や平和活動の関心を高める象徴となった。


そのころメディアはテレビや新聞、雑誌といったマスメディア。いまのメディア環境は大きく変わり、SNSの時代になった。リアルタイムでだれもが発信できる時代。関心の奪い合いはいっそう激しくなる。いっときバズってそれで終わり、とは違う継続的な関心を育てたいなあと思う。

 

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カル・ニューポート『デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する』(訳/池田真紀子 早川書房)を読んだ。後半にSNSから距離をとるための実践的な方法が紹介されていて、こんまり・断捨離・SNS疲れの文脈で話題の本だが、個人的には前半の注意経済(アテンションエコノミー)の話が興味深かった。

デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

注意経済とは、人々の注意をひきつけることがお金になるという意味だ。たとえばウェブのクリック数に連動した広告とか、サービスの利用データを集めるとか。無料のアプリやWebサービスは基本このモデル。なのでIT業界は人の注意を集める方法にみがきをかけている。

なかでも人が時間を使いがちなのはSNSだ。そこにはサービスの長時間利用を促すための様々な工夫がみられる。ポイントは2つ。心理学では承認欲求と間歇強化と呼ばれるものだ。

承認欲求はよくいわれているから省略するとして、間歇強化とは、予期せぬパターンで与えられた報酬に大きな喜びを感じ、のめりこむこと。おもしろい話題がいつ投稿されるかはわからない。だから頻繁にチェックするようになって、いつのまにか暇さえあれば見るようになってしまう。

またフィードバック機能も重要で、例としては、いいねボタンがわかりやすい。2009年にFacebookが導入して以来、ほとんどのSNSに設置されているという。”いいね”もいつ押されるか分からないから気になってしまう。この魅力をスロットマシーンのようなギャンブルに例えている。

このようにSNSはついつい見てしまうデザインになっている。それが本当にしたいことでなくても、無料でそこそこの喜びを得られる。これをもって、継続的な活動の場として優れているととらえるのもいいだろうし、本当にやりたいことを妨げていると思う向きもあるだろう。お金と同じように、何にどれだけ注意を払っているかに意識的になるのもいいかもしれない。

  

月をマーケティングする
 

 

デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

デジタル・ミニマリスト: 本当に大切なことに集中する

 

 

*1:人格に向けられる関心の高さってなんだろうと思うことがある。ノーベル賞をとった研究よりもその研究者の生活に向けられる強い関心みたいな。マスコットキャラクターによるPR活動とかも。