呉明益『眠りの航路』

「近ごろよく考えるんです。自分の父親がどうやって自分の夢に向き合っていたのか。でも、想像できないんです。ぼくにとって戦争は本当に遠くて、ぼんやりとしているから」(p.231)

 

呉明益の長編デビュー作『眠りの航路』(訳・倉本知明、白水社エクス・リブリス)を読んだ。のちに書かれた『歩道橋の魔術師』や『自転車泥棒』とも重なるところがあってひきこまれ、すぐに2周目をすることに。

 

眠りの航路 (エクス・リブリス)

数十年に一度だけ一斉に花を咲かせるというホウタクヤダケが開花した日、「ぼく」は友人とその花を見に行く。その日から「ぼく」は睡眠に異常をきたす。入眠と起床の時間が3時間ずつ後ろずれていき、生活のリズムがくるってしまう。そして夢を見なくなる。

並行して、失踪した父・三郎の物語が書かれている。三郎の少年時代は第二次世界大戦と重なる。自ら志願して台湾から日本へわたり、少年工として戦闘機の生産にたずさわる。台湾から船で日本に向かう場面から、断片的に配置されている。

続きを読む

沢木耕太郎ノンフィクションⅢ『時の廃墟』

沢木耕太郎ノンフィクション〉の第3巻は社会/短篇というテーマで11作を収録。これまでの2巻では、ある1人の人物に迫るものがほとんどだったが、この巻では社会、すなわち集団としての人物を描いている。各作品のタイトルもそれを反映しているが、全体的に明るい感じはせずずっしりと。読みながらいろんな世界へと入り込んでいける。

 

沢木耕太郎ノンフィクションIII 時の廃墟

 

  • 「防人のブルース」
  • 「この寂しき求道者の群れ」
  • 「灰色砂漠の漂流者たち」
  • 「棄てられた女たちのユートピア
  • 「屑の世界」
  • 「シジフォスの四十日」
  • 「鼠たちの祭」
  • 「不敬列伝」
  • 「おばあさんが死んだ」
  • 「奇妙な航海」
  • 「ハチヤさんの旅」

 

 

「防人のブルース」

初出:「別冊潮 日本の将来 秋季号」1970年10月

自衛隊の若者にとって「生きがい」とは何か。自衛隊への取材の申し込みは拒否されてしまい、つてを求めて横須賀へと通う日々が始まる。電車のなかで出会った防大生との出会いから取材の糸口をつかみ、インタビューをとっていく。国を守るという使命が生きがいと言う人。安定を求めて入隊し生活に重点をおく人、仮の宿としてとらえ転職を考えている人。いろんな人の答えがあるが、著者は違和感を消せずにいた。

 

沢木耕太郎のデビュー作。いきなりハードなテーマに挑んでいる。インタビューの内容はしっかりありつつ、取材が難しいという状況そのものも織り込んで書く。その両方から感じ取れるのは、自衛隊と世間との距離感だ。誰のための国防なのか、という批判的視点につらぬかれている。しかし、どのような生きがいだったら著者は納得しただろうか。本人もそれを知りたくて取材したのだろうけど。

続きを読む

沢木耕太郎ノンフィクションⅡ『有名であれ 無名であれ』

沢木耕太郎ノンフィクション〉の第Ⅱ巻。人物/短編というテーマで18作を収録している。前半の11作は「若き実力者たち」という連載から。当時24才の著者が、同世代の活躍している人を取材した。後半には個別に書かれた文章が並ぶ。前半と後半の間に1年の空白があり、ちょうど『深夜特急』の旅行前後にあたる。

 

沢木耕太郎ノンフィクションII 有名であれ 無名であれ

  • 「神童 天才 凡人」
  • 「廃墟の錬夢術師」
  • 「華麗なる独歩行」
  • 「過ぎ去った日々でなく」
  • 「錨のない船」
  • 「望郷 純情 奮闘」
  • 「十二人目の助六
  • 「人魚は死んだ」
  • 「疾駆する野牛」
  • 「面白がる精神」
  • 「沈黙と焔の祭司」
  • 「寵児」
  • 「その木戸を」
  • 「オケラのカーニバル」
  • 「鏡の調書」
  • 「帝」
  • 「帰郷」
  • 「秋のテープ」

 

 

「神童 天才 凡人」

初出:「月刊エコノミスト」1972年6月号

当時24才で名人に挑戦した将棋棋士中原誠の軌跡。5才のときに将棋を覚えると早くから才能を発揮し、神童とともてはやされる。10才で地元から送り出され、東京でプロの弟子になる。奨励会では順調に昇級していくが、周囲の反対を押し切って高校に入ったころに将棋の成績は伸び悩む。高校を出ると四段プロデビューを果たし、目覚ましい活躍が続く。

 

「十で神童、十五で才子、二十過ぎては凡の人」ということわざがあるが、中原誠は凡人であり、かつ天才であるという。そこに個性を見出している。華々しいエピソードはない。強い意志もみせない。将棋以外から遠ざけられ、与えられた道を受け入れて進む。それでも平凡さのなかに非凡を見極め、将棋を指し続けた。この天才像はあまり見かけない。中原誠の年度最高勝率.855(1965年度)は、2023年のいまでも歴代1位のままだ。

続きを読む

将棋ノンフィクションを読む07――『棋士とAIはどう戦ってきたか』、『うつ病九段』

藤井聡太竜王がタイトル6冠へ挑戦している。プロ入りが2016年10月で、プロデビュー直後の連勝からこの6年間、話題になり続けている。ちょうど藤井聡太がデビューしたころの将棋界について、藤井ブームとは別の視点で書いている2冊を読んだ。


まずは、松本博文棋士とAIはどう戦ってきたか~人間vs.人工知能の激闘の歴史』(洋泉社)。タイトル通りの本で、将棋というゲームのはじまりから2017年の佐藤天彦叡王 vs ponanza戦まで、棋士とソフトの戦いの歴史がまとまっている。棋士とソフト開発者、両サイドの視点をバランスよく書いている印象。

 

棋士とAIはどう戦ってきたか~人間vs.人工知能の激闘の歴史 (新書y)

続きを読む

沢木耕太郎ノンフィクションⅠ『激しく倒れよ』

文藝春秋80周年記念で編まれた沢木耕太郎の作品集がある、ということを知ったのは去年の秋だった。もう20年前の企画ではあるけれど、今年はこれを読んでいきたい。というのも、去年いくつかの本を読んで、文章の魅力にやられてしまい、これはどんなものを対象にしていてもおもしろいだろうという予感がしたから。

 

全部で9冊の作品集。どこから読んでもいいはずだが、とりあえず順番にいってみよう。『激しく倒れよ』と題された第Ⅰ巻には、スポーツにまつわる12の短編が集められている。せっかくなので、ひとつひとつ読みながらメモを残してみる。ついでに初出と文庫化情報も集めてみた。

 

沢木耕太郎ノンフィクションI 激しく倒れよ

  • 「儀式」
  • イシノヒカル、おまえは走った!」
  • 「三人の三塁手
  • 「さらば 宝石」
  • 「長距離ランナーの遺言」
  • 「ドランカー〈酔いどれ〉」
  • 「ジム」
  • 「コホーネス〈胆っ玉〉」
  • 「王であれ、道化であれ」
  • ガリヴァー漂流」
  • 「普通の一日」
  • 「砂漠の十字架」
続きを読む

2022年下半期に読んだ本ベスト10

2022年も終わりということで、この半年に読んだ本のなかから良かったものを、フィクションから5冊、ノンフィクションから5冊選んでいます。

 

「知ればきっと元気が出る」

 

フィクション

リチャード・パワーズ『惑う星』(訳・木原善彦、新潮社)

惑う星

リチャード・パワーズの新刊。今年は2冊も翻訳がでて、楽しみにしながら過ごしていた。最新作を読んだうえで、初期の作品も再読したくなっている。感想は下の記事に。

 

kinob5.hatenablog.com

続きを読む