『書物の破壊の世界史』、『華氏451度』、『収容所のプルースト』

フェルナンド・バエス『書物の破壊の世界史 シュメールの粘土板からデジタル時代まで』を読んだ。古今東西、書物が破壊されてきた歴史をたどる。注や参考文献などを含めると700ページを超える大著。

書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで

書物が破壊される原因はいくつかあるが、人為的なものが目立つ。たとえば、戦争があるたびに書物は破壊される。石板、パピルス、紙とメディアは時代とともに変化しても、それはずっと続いてる。書物を破壊することは、文化の破壊であり、アイデンティティを破壊すること。あるいは、敵対する言説を封じ込める。逆に言えば、書物は文化やアイデンティティ、思想と不可分なものということだ。
記憶のないアイデンティティは存在しない。自分が何者かを思い出すことなしに、自分を認識はできない。何世紀にもわたってわれわれは、ある集団が国家が他の集団や国家を隷属させる際、最初にするのが、相手のアイデンティティを形成してきた記憶の痕跡を消すことだという事実を見せつけられてきた。
こうしたことが繰り返されまくりで、読んでいてつらい。歴史を知らないと歴史を繰り返してしまう。権力者側は知っていて繰り返しているかもしれないけれど。独裁したい立場だったら、本は有害なのだろう。ただし本を排除して独裁が少し延命したとしても、国全体は確実に沈んでいく。そして本がなくなると、歴史から学ぶことだできずにまたもう一周してしまう。

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贈与と交換 ~『うしろめたさの人類学』、『たまこまーけっと』

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)を読んだ。この本では、人と人のつながりや関係性の構築について考察している。ものやサービスのやりとり、コミュニケーションに注目していて、そのなかで触れている贈与と交換の比較がおもしろかった。

うしろめたさの人類学

贈与はあげることで、交換は等価なものを取引すること。同じものでも贈与すれば贈り物に、交換すれば商品になる。それがどんな違いを生んでいるのか。バレンタインチョコの例がわかりやすい。
店で商品を購入するとき、金銭との交換が行われる。でも、バレンタインデーにチョコレートを贈るときには、その対価が支払われることはない。好きな人に思い切って、「これ受けとってください」とチョコレートを渡したとき、「え?いくらだったの?」と財布からお金を取り出されたりしたら、たいへんな屈辱になる。

贈り物をもらう側も、その場では対価を払わずに受けとることが求められる。

サイボーグとしての人間~『生まれながらのサイボーグ』、『虐殺器官』

コンピュータは身体に接近している。物理的な位置として。コンピュータ誕生当時は専用の部屋が必要なサイズだったけれど、小型化が進み、いまでは持ち運べる。種類も増えて、いわゆるウェアラブルバイスはメガネや時計の形をとって身体にくっついている。ゆくゆくは皮膚と一体化して内部へ入っていくと考えるのも自然な流れだ。

その延長にポストヒューマンというビジョンがある。人類をより高次な存在へと改良しようというものだ。これに対する反応はさまざまで、楽観論はテクノロジーで幸せになれると主張するし、悲観論にはAIに人類が滅ぼされるみたいな話もある。でも、その話はしない。

人間はこれからサイボーグ化すべきかという議論から少し距離をとって、「人間はそもそもサイボーグだ」というのが、アンディ・クラーク『生まれながらのサイボーグ 心・テクノロジー・知能の未来』(訳/呉羽真・久木田水生・西尾香苗 春秋社)である。その主張によれば、身体とテクノロジーの連携はポストヒューマン的な考えではなく、古くからみられる人間の本性である。

生まれながらのサイボーグ: 心・テクノロジー・知能の未来 (現代哲学への招待 Great Works)
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『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』、『ゼロからトースターをつくってみた結果』

 僕らの知っていた世界は終わりを遂げた。
 格別に強毒型のインフルエンザがついに異種間の障壁を越えて人間の宿主に取りつくことに成功したか、あるいは生物テロ行為で意図的に放出されたのかもしれない。都市の人口密度が高く、大陸をまたぐ空の旅が盛んな現代においては、感染症は破壊力をもってたちまち拡散する。そのため効力のある予防接種を施す間もなく、検疫態勢さえ敷かれる前に地球の人口の大多数を死にいたらしめたのだ。

と、唐突な書き出しで始まるのは、ルイス・ダートネル『この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた』(訳/東郷えりか 河出文庫)。なんらかの理由で人口が急激に減少してしまった世界で、どうしたらいまのような科学文明をつくりなおせるだろうか。それもできるだけ早く。そのときに必要な知識を一冊にまとめてみよう、という壮大な本。

この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた (河出文庫)

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2018年下半期に読んだ本ベスト10

ノンフィクション5冊、フィクション5冊で選びました。

ノンフィクション

アンドリュー”バニー”ファン『ハードウェア・ハッカー 新しいモノをつくる破壊と創造の冒険』(訳/高須正和 監訳/山形浩生 技術評論社

ハードウェアハッカー ~新しいモノをつくる破壊と創造の冒険

電子デバイスを使う機会はどんどん増えているが、その中身を知ろうとする人は少ない。説明書の通りに使えばそれで済むからだ。”ハードウェア・ハッカー”はそのブラックボックスを解読し、改造したり、別の使い方で遊んだりする。このハッカー的な視点がまずおもしろいのだが、著者はそこにとどまらず、ハードウェアの量産立ち上げもしている。製品設計、中国の工場との交渉、不良品との格闘などなど、刺激的なエピソードだらけ。ものづくりに興味がある人全員に薦めたい。

gihyo.jp

 

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エコーチャンバーの外へ~『#リパブリック』、『江戸の読書会』

 

最近、「有名」がわからない。自分が有名だと思ったものでも、周りは知らないことが普通にあり、同じくらいその逆もある。SNS以降だろうか、きっと違うクラスターにいるってことなんだろう。同じ本を読んでる人にもめったに会わない。だからこそ、出会ったときはうれしいけど。みんなで昨日見たテレビの話をしていた頃が懐かしい。


その点、ネットは便利だ。SNSとかパーソナライズのおかげで、好きなものを簡単に見れるようになった。YouTubeAmazonのレコメンドでおもしろいものを見つけることもよくある。その意味で、パーソナライズはいいことだ。

一方、社会的な問題もある。キャス・サンスティーン『#リパブリック——インターネットは民主主義になにをもたらすのか』(勁草書房)では「エコーチャンバー」という言葉を使って、その問題を指摘している。エコーチャンバー(共鳴室)とは、自分と好みや主張が似た人とだけつながって、実質、自分の声の共鳴を聞いているような状態のことだ。

#リパブリック: インターネットは民主主義になにをもたらすのか
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