小川哲「最後の不良」

小川哲の短編「最後の不良」を読んだ。『年刊SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』(創元SF文庫)収録。初出は、雑誌〈Pen〉のSF特集。

プロジェクト:シャーロック (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)

どんな小説か 

物語の舞台は、MLS(ミニマル・ライフスタイル)社が起こしたムーブメントによって流行がなくなった世界。価値観の均一化が進んでいた。カルチャー誌〈Eraser〉編集者の桃山は雑誌の休刊をきっかけに辞表を提出すると、暴走族のバイクで走りだす。向かうのはMLS社。そこでは流行を取り戻すべく、抗議活動が行われている。意を決して来たものの、抗議にも違和感を覚えた桃山は、そのかたわらに元同僚を見つける。その後を追いながら社内に忍び込むと、そこは思わぬ光景が・・・という内容。流行という不思議なものの本質をとらえつつ、とても推進力のある小説だった。
 
書き出しはこんな風 
第二次世界大戦が終わり、日本ではヒッピーが流行し、DCブランドが流行し、コギャルが流行し、パンツの裾が細くなったり太くなったりした。女子の髪やスカートの丈が短くなったり長くなったりし、化粧が厚くなったり薄くなったりし、草食系男子や五郎丸が流行し、ノームコアと電気自動車が流行した。そして最後に「虚無」が流行した。 

伊藤亜紗『どもる体』

どもる体 (シリーズ ケアをひらく)

はじめに

しゃべることがあまり得意ではない僕は、『どもる体』の序章を読んでいて、ハッとした。しゃべるときの体や各器官の動きについて語られていて、しゃべること=言葉選びという等式をつくってしまっていたことに気づいたからだ。当たり前すぎて見落としていた視点だった。

この本はどもりに注目し、しゃべることの身体運動としての側面にせまる。どもりとは、思ったのとは違う仕方で言葉が体からでてくること。吃音ともいう。現象としての吃音をフラットに観察していくと、その先に見えてくるのは、誰にでもあてはまる”ままならない身体”の姿である。

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2018年上半期に読んだ本ベスト10

2018年の上半期を振り返り、読んだ本からベスト10を選んでみた。フィクションとノンフィクションの2つに分けて、それぞれ5冊ずつ。

フィクション

樋口恭介『構造素子』

第5回ハヤカワSFコンテスト大賞のデビュー作。作家と物語、親と子、人類と人工知能のモチーフが重なるメタフィクションであり、可能世界SF。と書くと、いかにも難しそうだけど、意外にも読みやすい。世界観も、文のリズムも好み。
構造素子

構造素子

 

 

リチャード・パワーズ『舞踏会へ向かう三人の農夫』

これもデビュー作。邦訳も多い著者だが、読むのは初めて。1枚の写真をめぐって、時代も場所も違う3つの視点からの物語が並ぶ。ピースが組みあがるようにつながりだし、巨大な像が浮かび上がるさまは圧巻。今月文庫化され、解説は『ゲームの王国』の小川哲ということで、そちらも楽しみにしている。
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「知らないこと」と向き合う~『知ってるつもり 無知の科学』、『知の果てへの旅』

知ってるつもり――無知の科学

どんどん便利になっていく世の中、自動化が進み、いろんなことが簡単にできる。便利なものに囲まれる生活の中で、身近なもののしくみをどれだけ知っているだろうか、と考えてみる。たとえば、水洗トイレで水が流れる原理は?、と。
 
トイレは毎日のように使ってるから分かるよと思いつつ、いざ説明しようとすると難しいという人が多いのではないか。身の回りのものであっても、原理や作り方に少しでも踏み込むと、すぐに知らないことがでてくる。そして、それを誰かが知っていて、実際に作ったからこそいまの生活がある、という当たり前の事実に驚く。
 
このような例から、スローマン&ファーンバック『知ってるつもり 無知の科学』 (早川書房)で述べられていることは2つ。人は自分の知識が実際よりも多いと錯覚してしまうこと、知識はコミュニティの中に分業化されていることだ。
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MCバトルと漫才

MCバトルのテレビ番組「フリースタイルダンジョン」をずっと見ている。始まってからもう2年半になる。MCバトルとは、即興のラップバトルのこと。とても中毒性が高く、毎週楽しみにしている番組だ。
 
いまとなっては普通に見てしまっているが、最初に見た時の衝撃はすごかった。すごいとしか言えない。すごいんだけど、いろいろ分からない。どんな風に頭を使えば韻を踏みながらこんなスピードで言葉を繰り出せるのか。そもそも、なんでこんなことが行われているのか。まさに異文化に出会ったという感じだった。
 
でも、その場には確かに共有されている価値観があり、その文化を語るための言葉もあった。見ているうちに少しずつ分かるようになった。

新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

毎日のようにAIがニュースになる。身近なデバイスへの導入、技術のブレイクスルー、法律の整備などなど、その観点もさまざまである。その中でも、AIによって人間の仕事が奪われるのではないかという懸念をよく目にする。関連書も多い中で、他とは違う視点を出している本があった。新井紀子『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』である。

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

著者は数学者であり、また、「ロボットは東大に入れるか」を検証したいわゆる「東ロボくん」のプロジェクトディレクタでもある。本の前半では、このプロジェクトを解説するとともに、現在のAIの実力を示していく。現状では、東大の合格まではいかないが、MARCHレベルは合格圏内である。ここから、人間のすべての仕事がすぐになくなるということはないが、強力なライバルであるという見解を示す。