『ピクサー流 創造するちから』と『一般意志2.0』

ピクサー流 創造するちから』は、アニメーションスタジオのトップをはしるピクサーの歴史とアニメーション制作の裏側を書いた本である。その歴史はそのままアニメーション技術の足跡になっている。また、経営に参加したスティーブ・ジョブズの知られざる一面を知ることもできる。

ピクサー流 創造するちから――小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

ピクサー流 創造するちから――小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法

 

いわゆるクリエイティブ産業でもっとも重要なものは、アイデアである。アイデアは天才によってかたちになるのか。いや、そうではない。アイデアを生み出す仕組みやチームづくりが重要だというのが本書の主張。とりわけ興味深いのは、ストーリーを決める会議のやり方である。

ブレイントラストと呼ばれるその仕組みはこうだ。まずストーリーの担当者がつくったデモムービーを会議で見せる。参加者はそのストーリーに自由に意見を言い合う。そのときの率直さがとても重要だという。担当者はその意見を持ち帰って、改良していく。そのとき、会議の意見に従うかどうかは担当者に任されている。「診断をするが、治療法は指示しない」というのが印象的。あくまで、映画の本来の軸を見失わないように意識させることを目的としている。

重要なのは、会議の決定に従わなくてもよいことだろう。いろんな人に意見してもらうことで、見落としや勘違いなどすぐに解決する問題を発見しつつ、なんとなくの違和感も拾い上げる。そのようなメリットを生み出しつつ、多数決でつくられたつまらなさを避けることができる。ただ、大前提として会議のモチベーションや人間関係をうまくマネジメントする必要があるとも書いてある。信頼関係があってこそできる会議のやり方なのだ。

 

思い出したのが、『一般意志2.0』である。この本を読んだのは、大学に入って最初の夏休みで、Twitterで見つけたような記憶がある。内容は、ルソーの一般意志という概念をインターネット以降の状況を踏まえて、再解釈&アップデートするというものだ。哲学や思想がどんなものかを初めて体験した。教科書にでてきたルソーとGoogleが並べて語られるなんて想像したこともなかった。そして、それがとてもおもしろいということも。文体のかっこよさも新鮮だった。以来、読書の傾向は大きく変わっていったように思う。それぐらいのインパクトがあった。

さて、話を戻そう。ピクサーの会議の話だった。これが『一般意志2.0』で提案される会議のやり方に似ている。こちらで想定されているのは政治の審議だ。そのやり方をものすごく単純化すると、専門家の会議を生中継し、視聴者のコメントを読めるようにしておくというものだ。視聴者のコメントには、多数決での一票みたいな効力はない。ただし、的確に拾い上げることで議論を方向付けることはできるかもしれない。

このアイデアがそのまま生かされた事例は、民主党政権時代に行われた事業仕分けぐらいしかわからないのだけれど、単発で終わってしまい、手法が成熟するところまではいってない。政治とは違うところでは、生放送番組を見ているときに、コメントによって番組がいい方向へ展開するということを何度もみているので、可能性はあると思う。政治家がやりたがらないような気はするが…

 

肝は、アイデアだしと採用のプロセスを分けるということだ。まずアイデアの良し悪しはともかくいろんな案をあげる。次の段階として、順位付けをしていく。前者はメンバーが多い方がいいが、後者はそうではないと言えそうだ。最後の決断は、専門家の方に分があるのではないか。

これは専門家と集合知のどっちをとるかという話でもある。すべて多数決のほうに行ってしまうと、ポピュリズムになってしまう。ある集団を代表するけど、集団に従わないという奇妙なバランスが求められる。このあたりの話は、SNS以降、特に重要になっていると思う。