順位戦が佳境を迎えている。藤井竜王はあと1勝でA級に昇級となる。順調に勝ち上がれば、最年少名人の可能性も残していて目が離せない。
最終局を前に、A級を29期守った羽生善治九段の降級が決まった。去年もあやうくというところだったので、いつかそういう日がきてしまうと思っていたが、まだまだそんなことはないと信じたい気もしていた。自分が生まれてからずっとそうだったから。
保坂和志『羽生 21世紀の将棋』(朝日出版社)を読んだ。1997年に芥川賞作家が書いた羽生論で、あまり目にすることのないタイプの本だった。独自のインタビューなどはなく、公開されている雑誌の記事や棋譜から羽生の将棋観にせまる。
羽生善治以前、将棋についての語り方は、次の2つしかなかったと著者はみている。定跡研究や「次の一手」のような技術論と将棋を人生にたとえる人生論。羽生の将棋観はそのなかではとらえきれないという。この本はこれまで読んできた本とはひと味違い、将棋を棋士の物語としてとらえていない。
結論の先取りのようになるが、まず、現状、羽生善治のいきついた(ないし、目指している)将棋観を要約すると次のようになる。
人は将棋を指しているのではなくて将棋に指さされている。一局の将棋とは、その将棋がある時点から固有に持った運動や法則の実現として存在するものであって、棋士の工夫とはそういった運動や法則を素直に実現させるものでなければならないし、そのような指し方に近い指し方のできたものが勝つはずだ (p.13)
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