『インフォメーション 情報技術の人類史』、『見知らぬものと出会う ファースト・コンタクトの相互行為論』

20世紀中葉に「情報」には科学的な定義があたえられた。それ以降、情報はいたるところに見いだされ、情報技術の発展しつづけてきた。ジェイムズ・グリック『インフォメーション 情報技術の人類史』(訳/楡井浩一 新潮社)は、情報という軸で分野横断を試みる。シャノンの情報理論を起点として、通信、文字、言語、計算機、心理学、メディア、暗号、論理学、物理学、生物学を貫通する。物体として重厚な本だけれども、読みやすく興味深いエピソードが並んでいる。

インフォメーション―情報技術の人類史

第1章はトーキング・ドラムの謎から始まる。トーキング・ドラムとは長距離通信を行うための太鼓の奏法であり、アフリカで発見される。はじめヨーロッパ人にとっては、太鼓で情報伝達をしているということすら思いもよらないわけだが、解読できるようになってもメッセージの送り方に謎が残った。

鼓手は、単に″遺体″ではなく、"土くれに仰向いて横たわるもの"と、凝った言いかたをした。"恐れるな"ではなく、"口から出た心臓を引き戻せ、口の外にある心臓を、胸に引き戻せ"と言った。トーキング・ドラムは泉のごとく、修辞に富む文章を湧き出させた。いかにも効率の悪いやりかただ。それは、ただの大仰な言葉遣い、あるいは奇をてらった物言いだったのか?それとも何か別の意図があったのか?

トーキング・ドラムが発見された当時、ヨーロッパではモールスは打電符号の開発に取り組んでいた。いわゆるモールス符号だ。メッセージを電気信号に変換する方法として、長点(ー)と短点(・)を組み合わせる。モールス符号とトーキング・ドラムが比較され、これが謎の解明の手掛かりとなる。

モールス符号は、26のアルファベットを2つの符号の組み合わせとして変換する。しかし、トーキング・ドラムの文化は文字をもたない。また口語が中国語のような声調言語であり、抑揚によって違う単語になる。なので、子音・母音・声調といった要素をもつ口語を太鼓の音に直接変換する必要がある。

複雑な音素をもつ豊富な単語を太鼓でどう叩き分けるのか。トーキング・ドラムは、子音と母音を捨て、声調の要素だけを音として符号化した。もちろんそれだけでは同じ声調の単語を区別できない。なので、短い単語をつけたすことにした。"月"と伝えたいときは、"地上を見下ろす月"という風にして。このように文脈をつくることで、単語の意味を限定させる。その結果、妙に修辞的な表現が生まれたというわけだ。

堅い言い回しをするなら、「余剰ビットを曖昧性解消と誤り訂正に割り当てた」ということになる。別のところでもこうした例は見つかる。たとえば、パイロットと管制塔の通信。ノイズが多い環境下で曖昧性を抑えるために、MとNをそれぞれmikeとnovemberと言い換えて区別しやすくしている。

トーキング・ドラムの一見無駄に見える修辞的な表現が、冗長性として効率的な通信のためのかなめになっていることがおもしろいし、逆に文字の画期性も再認識できる。

 

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木村大治『見知らぬものと出会う ファースト・コンタクトの相互行為論』(東京大学出版会)は宇宙人との通信を考える。きっかけにするのは、SFのテーマのひとつであるファースト・コンタクトだ。宇宙人と出会ったとき、何が起きるのか。どうやって意思疎通をしようか。何人もの作家が想像をめぐらせてきた。そうしたファースト・コンタクトSFから他者とのコミュニケーションを考える。

見知らぬものと出会う: ファースト・コンタクトの相互行為論

ファースト・コンタクトの方法は大きく2つに分けられるという。①共有している知識を使ってコミュニケーションする、②コミュニケーションによって規則性をつくりだす。

この2つの方法はセーガンの小説『コンタクト』に描かれている。地球外知性を電波望遠鏡で探索しているとき、受け取った信号は素数列とヒトラーの演説の映像だった。

素数列は①の方法になる。素数は普遍的な知識であると考えられ、また偶然送られてくることもなさそうなので、受け手は地球外知性からのメッセージだと推測することになる。

ヒトラーの映像は②になる。地球外知性がなんらかの方法でこの映像を入手したのだろう。おそらく演説の内容もわかっていないが、とりあえず受信したものをそのまま送り返す。まるで挨拶を返すように。受け手は、自分たちと同じようなことができる相手、つまり知性からのメッセージだと推測できる。

 

ファースト・コンタクトとは、送り手と受け手がなんの取り決めもない状態でやりとりすることだ。そのとき、上記のように相手との共通性を探すことになる。これはシャノンの情報量の定義からするとかなり冗長だ。情報量を、圧縮して保存するときに必要なビット数と考えてみる。すると、もっとも情報が多いのは圧縮できないランダムな信号になる。しかし、宇宙からきた信号がランダムだったら、それは雑音だと思うだけで意味がない。他方、素数列やテレビの映像のデータはすでに地球に保存されているから、受け取っても情報量は増えていない。ただ送られてきたという事実だけが重要な意味をもつ。

ベイトソンは「冗長性こそが情報だ」という。これはシャノンのいう情報と正反対に思える。それは定義が違うからだ。この違いは送り手と受け手がコードを共有しているかどうかにある。シャノンの情報量は意味との関連をもたない。*1


この議論は地球外知性を想定しているが、じつは他者一般にあてはまる。目の前の人と本当の意味で規則を共有しているかはわからない。トーキング・ドラムが通信をしているか、他の文化からはわからなかったように。それでもコミュニケーションするには、規則を共有していると信じることからしか始められない。そうしてやり取りの中で情報を送ると同時に規則をつくっていく。

  

インフォメーション―情報技術の人類史

インフォメーション―情報技術の人類史

 

  

 

*1:それが画期的で普遍性をもっていたからこそ、『インフォメーション』で描かれているような分野横断的な概念になった。