本を読む物語~「デス博士の島その他の物語」、『リズと青い鳥』

登場人物が本を読む話について書いてみた。ネタバレありなので注意。

デス博士の島その他の物語 (未来の文学)

ジーン・ウルフ「デス博士の島その他の物語」。書きだしはこんな風。
 落ち葉こそどこにもないけれど、冬は陸だけでなく海にもやってくる。色あせてゆく空のもと、明るい鋼青色だった昨日の波も、今日はみどり色ににごって冷たい。もしきみが家で誰にもかまってもらえない少年なら、きみは浜辺に出て、一夜のうちに訪れた冬景色のなかを何時間も歩き回るだけだ。
孤独な少年タッキーは、買ってもらった本にのめりこんでいく。すると、本の登場人物たちがときどきタッキーの前に現れ、会話をしたりする。タッキーはますます本に夢中になる。
 きみは枕の上に本をふせてはねおきる。自分の体を抱きしめながら、はだしで部屋のなかをぴょんぴょんとびまわる。わぁ、おもしろい!すごいや!
 でも今夜はここでやめよう。全部読んだら損しちゃう。あとは明日にとっておくんだ。
ここなんかは読書の楽しさをよく表していて、とてもいい。
並行して、しだいに明らかになるたっきあの生活。両親は離婚しており、父親は家にいない。周囲の大人たちはみんな自分のことばかり考えている。母親は薬物を打っている。
 
楽しい物語とつらい現実。本の中が明るく楽しいというわけでもないのだが、本を読んでいる時間は楽しく過ごすことができる。
 
終盤、読んでいる本も終わりに近づく。すると、タッキーは本を読むのをやめようとする。登場人物たちが最後に死んでしまうのを予感したから。登場人物のひとりであるデス博士は答える。
デス博士は微笑する。「だけど、また本を最初から読みはじめれば、みんな帰ってくるんだよ。ゴロも、獣人も」
「ほんと?」
「ほんとうだとも」彼は立ちあがり、きみの髪をもみくしゃにする。「きみだってそうなんだ、タッキー。まだ小さいから理解できないかもしれないが、きみだって同じなんだよ」
 
ここをどう解釈するか。文字通りにとるなら、タッキーもキャラクターであり、テクストの一部だ、になる。ぼくたち読者からみればその通り。
 
でも作中でタッキーにとってはどんな意味なのか。いまのところはこう考えている。読むという行為は特別な時間であって、それは何度でも再生できる。それは読者にとってもキャラにとっても同じ、というような。
 
読者とキャラを読書という空間に並列する。まさにこの小説がやっていることだ。一貫して使われる二人称現在もその効果をあげている。地の文で「きみ」はタッキーをさしていると同時に、読者もさしていると読める。会話文での「きみ」は明確にタッキーのみをさしているが、似たような効果を感じてしまう。つまり、デス博士もタッキーも、これを読んでいる自分も同じ時間を共有しているのだと。
 
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北宇治高校吹奏楽部はコンクールに向けて練習をしている。自由曲「リズと青い鳥」は、フルートとオーボエの掛け合いが一番の見せ場だ。この作品では、その二人の奏者である傘木希美と鎧塚みぞれに焦点を当てる。
 
曲「リズと青い鳥」は、同じ題名の小説をもとにつくられた。演奏の参考にしようと、部員たちは本を読む。この映画は、本の内容と吹奏楽部の物語を交互に描いていく。
 
希美はみぞれに、小説「リズと青い鳥」のあらすじをこう説明する。
リズっていう一人ぼっちの女の子のお話。ずっと一人ぼっちだったリズのところに、知らない少女がやってくるの。二人はすごく仲良くなって、そのまま一緒に暮らしはじめるんだけど・・・最後、二人は別れちゃうんだよね。リズの元にやって来た少女は、実は青い鳥でね。リズの元から飛び立っていっちゃうんだ。確かそんな話。
話をききながら、みぞれは中学時代のことを思い出していた。一人だった自分を吹部に誘ってくれた希美のことを。自分をリズに重ねながら。
 
みぞれは図書館で本を借り、読みはじめる。物語の最後、女の子のほんとうの姿に気づいたリズは別れを切り出す。青い鳥をここに閉じ込めてしまってはいけない、空を自由に羽ばたいてほしいという思いを込めて。
 
リズに自分を重ねていたみぞれだったが、このラストが理解できない。自分だったら青い鳥を手放さない、好きな人を突き放すことなんてできない。
 
そのせいなのか、掛け合いの演奏はうまくいかない。山場となる第三楽章「愛ゆえの決断」。後輩からも「演奏が窮屈そう」、「わざとブレーキをかけているみたいだ」と指摘される。
 
悩んだみぞれは先生に相談する。ラスト、リズの気持ちがどうしてもわからない、と。すると、青い鳥の話をされる。別れを告げられた青い鳥は、どんな気持ちだっただろうか。みぞれにはその気持ちが切実なほど理解できた。好きだからこそ受け入れるしかない。
 
みぞれ=リズ、希美=青い鳥の構図が反転する瞬間。見方が変わることで、一気に視界が開けるような感覚がいい。悲しいけれど、飛び立つしかない。
 
みぞれは自ら第三楽章の練習を志願する。このときのオーボエ演奏のすばらしさはうまく言葉にできない。物語の解釈が演奏に結実する。まさに愛ゆえの決断というような切ない飛翔感があり、音と動きで見事に表現されている。
 
希美にとっては、この演奏は厳しいものだった。掛け合いの見せ場なのに、みぞれの演奏のレベルについていけない。これまではみぞれが自分に遠慮していたのではないか。いみじくも、この演奏はある種の別れとなったのだと思う。
 
その後、みぞれは音大志望の意志を固め、希美はそうでない進路を選ぶ。二人の道はずっと一緒ではない。それでも、コンクール頑張ろうと話しながら下校する二人は、それまでよりも晴れやかで、自由に思えた。
 
 
 

 

デス博士の島その他の物語 (未来の文学)

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