贈与と交換 ~『うしろめたさの人類学』、『たまこまーけっと』

松村圭一郎『うしろめたさの人類学』(ミシマ社)を読んだ。この本では、人と人のつながりや関係性の構築について考察している。ものやサービスのやりとり、コミュニケーションに注目していて、そのなかで触れている贈与と交換の比較がおもしろかった。

うしろめたさの人類学

贈与はあげることで、交換は等価なものを取引すること。同じものでも贈与すれば贈り物に、交換すれば商品になる。それがどんな違いを生んでいるのか。バレンタインチョコの例がわかりやすい。
店で商品を購入するとき、金銭との交換が行われる。でも、バレンタインデーにチョコレートを贈るときには、その対価が支払われることはない。好きな人に思い切って、「これ受けとってください」とチョコレートを渡したとき、「え?いくらだったの?」と財布からお金を取り出されたりしたら、たいへんな屈辱になる。

贈り物をもらう側も、その場では対価を払わずに受けとることが求められる。

贈り物はもらう側にも作法があることがわかる。また、ホワイトデーのお返しをしたときでも、これは交換ではなく返礼とみなされる。


商品交換と贈与の区別しているものはなにか?それは意外にはっきりせず、ある「きまり」にそった贈り物らしさの演出だという。
たとえば、バレンタインの日にコンビニの袋に入った板チョコレートをレシートともに渡されたとしたら、それがなにを意図しているのか、戸惑ってしまうだろう。でも同じチョコレートがきれいに包装されてリボンがつけられ、メッセージカードなんかが添えられていたら、たとえ中身が同じ商品でも、まったく意味が違ってしまう。ほんの表面的な「印」の違いが、歴然として差異を生む。
贈与と交換の意味の違いは、そこに「思い」や「感情」があるかどうか。贈与には感情がこめられ、交換は脱感情化されているという。そしてそれは表面的な「印」に現れている。人の気持ちはその「印」に託されている。このような「きまり」のうえで、人は感情をやりとりする。
 

気持ちが伝えられるから贈与の方が重要、という話ではない。贈与はいいことばかりではない。被災地へ送られた支援物資が使われないものの山になってしまったこともあるという。
贈与は、相手の必要性や欲求を満たすためのものではない。感謝や愛情といった感情を表現し、相手との関係を築くためのコミュニケーションだ。

だからこそ、親密な関係を気づくことができる一方で、受け取らなければいけないという義務も生じる。

その点、交換は自由でいい。ただし、共感の回路はうまれにくい。

 
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『うしろめたさの人類学』を読んだあと、『たまこまーけっと』(京都アニメーション)を再視聴する機会があった。

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モデルとなった商店街にある映画館・出町座での一挙上映は最高でした。
このアニメは商店街が舞台で、主人公は餅屋「たまや」の娘たまこ。そこに南の島国から言葉を話す鳥がやってくるところから物語が始まる。それから何度も外から人がやってきて、そのたびに商店街の人たちに迎え入れられる。それは商店街を歩いていくときに声を掛けられ、コロッケや花などをもらう場面で表現されている。

主人公のたまこが餅をあげるシーンも多い。たまこはことあるたびに周りに餅を配り、ふるまう。友達が家に来たとき、部活、お見舞い、誕生日プレゼントなどなど。他方で、餅屋で餅を売るシーンはあまりない。もちろんこれは客が少ないからではなく、親密な関係性を描くために贈与の場面をクローズアップしているのだと思う。
 

そうなると、あえて描かれる餅を売るシーンが気になる。そこではなにが描いてるんだろう?そんなよこしまな気持ちでもう1回見直してみたら、尺をかけて描かれている場面は2つしかなかった。そのどちらも#9「歌っちゃうんだ、恋の歌」にでてくる。

まずはアバンパート。たまこの両親である豆大とひなこの学生時代の一場面。2人は同級生で、ひなこは豆大が店番をする「たまや」にやってくる。
ひなこ「豆大ください」
豆大「え!」
ひなこ「私好きなんです。こちらの豆大」
豆大「えー!ああ、いや、お、俺もね、かねがねステキなひとだな、同じクラスになれたらいいな、好きだなーなんて思ってましたー」
ひなこ「あっ、いえ、ち、違います。こちらの豆大福が・・」
豆大「あっ、ま、豆大福がですか?」
ひなこ「は、はい、豆大福がです」
豆大という名前がややこしい。注文を告白と聞き間違え(!)、うっかり気持ちを伝えてしまう。まさに交換と贈与を取り違えたかのよう。これをやりたくて、キャラの名前を決めたんじゃないかと思うくらい見事。
 

もうひとつ。あんこ(たまこの妹)の思いをよせるクラスメイト柚季が店にくる場面。柚季が餅を買いに来たのに、あんこは部屋に引き込もってしまって出てこない。

その理由はあとでわかる。柚季はもうじき転校してしまう。その前に気持ちを伝えたいが、どうすればいいのかわからなかったのだ。そのまま引っ越しの日が来てしまう。
もち蔵(たまこの幼なじみ)「いますぐ行ってこい」
あんこ「いけないよ!行っても何言えばいいかわからないし」
もち蔵「えーっと...好きだ?」
あんこ「バ、バカみたい...」
もち蔵「じゃあ、元気でね」
あんこ「そんなの誰でも言えるもん」
もち蔵「なら、好きしかねぇじゃねぇか」
あんこ「無理だし!」
ストレートな告白は恥ずかしいが、ありふれた言葉では表現できない。そこで、たまこが餅の入った紙袋をあんこにもたせる。「柚季くん、きっと喜んでくれるから」と。すると、あんこは自信をもって柚季の家へと走り出す。

柚季が餅を買いに来たとき、あんこはなにもできなかった。でも贈り物でなら伝えることができた。

 

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