山田胡瓜『バイナリ畑でつかまえて』

ストリートビューに映り込む淡い記憶。レコメンドエンジンがほのめかす人の情。古い携帯にしみこんだ後悔。果ては、故人の人格が染み付いた人工知能とのすったもんだまで……。情報の海に人知れず降り積もる、どこかのだれかの物語を22編収録。 

バイナリ畑でつかまえて

バイナリ畑でつかまえて

 

元IT系記者が描いた掌編漫画集。2013年から2015年にかけてウェブ上で連載された。舞台設定は現代から近未来。現在の延長線上に進んでいって、なんとか想像が及ぶ範囲というあたり。どの作品もテクノロジーやウェブサービスを題材にした人間ドラマで、2~3ページと短いページに凝縮されている。Amazon, Dropboxなど現在進行形のサービスもでてくる。

言葉での説明は抑え気味で、絵から読み取るのが醍醐味。一見しただけではよくわからなくて、注意深く見ていくと、あっと驚くものもあった。テクノロジーが生みだす思わぬ効果がおもしろい。笑いあり、涙あり。

一番印象的だった話は「2.4インチの形見」。

古いガラケーに亡くなった母からのメッセージが残っている。充電するのも大変だから、PCにデータを移す。これでガラケーはお役御免かと思いきや、いまだに充電していた。察するに、メッセージを受け取った"あのとき"とディスプレイが違う、フォントが違う、見るときの姿勢が違う。二つ折りのガラケーでないと何かが違う、そんな感覚なんじゃないかなと。
親不孝をした娘にとってはメッセージが入っているケータイが形見。文章の内容だけじゃなくて、ハードウェアやフォントがその記憶と不可分になっている。この雰囲気は漫画じゃないと味わえないので、ぜひ現物をどうぞ。
 
 

 そんなことを考えていたら、『アーキテクチャの生態系』のケータイ小説論ででてきた「操作ログ的リアリズム」という言葉を久しぶりに思い出した。懐かしい。

つまり『恋空』という作品は、そのときのケータイをどのような「判断」や「選択」に基づいて使ったのかに関する「操作ログ」の集積とみなせるのではないか。そして読者の側は、そうした「操作ログ」を追跡することを通じて、その場その場での登場人物たちの心理や行動を「リアル」だと感じることができるのではないか。