将棋ノンフィクションを読む05――『羽生 21世紀の将棋』、『藤井聡太論 将棋の未来』

順位戦が佳境を迎えている。藤井竜王はあと1勝でA級に昇級となる。順調に勝ち上がれば、最年少名人の可能性も残していて目が離せない。最終局を前に、A級を29期守った羽生善治九段の降級が決まった。去年もあやうくというところだったので、いつかそう…

『灼熱』、『ニュースの未来』

年末年始に読んだ本のことを書いてみる。 ひとつは小説、葉真中顕『灼熱』(新潮社)。舞台は第二次世界大戦期のブラジル日本人殖民地。2人の少年の人生を中心に、戦場から離れた地での混乱を描く。トキオはブラジルで地主の子供として生まれ、村で指導的な…

2021年下半期に読んだ本ベスト10

2021年ももう終わりということで、恒例にしている下半期に読んだ本からベスト10を選びました。フィクションとノンフィクションからそれぞれ5冊。読んだ本としては60冊くらいでいつもと変わらず。 まだ紙の本がメイン 選んでみてから気づいたのですが、本…

創作の裏側~『数学者たちの楽園』、『エラリー・クイーン 創作の秘密』

サイモン・シン『数学者たちの楽園 ――「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』(訳/青木薫、新潮文庫)を読んだ。『フェルマーの最終定理』などで有名なサイエンスライターが、アメリカのアニメ「ザ・シンプソンズ」に隠れた数学をおもしろく解説する本。 …

トム・ジャクソン『冷蔵と人間の歴史』

冷凍庫が大きな話題になったら、悪いニュースと考えてほぼ間違いない。何年か前、コンビニの店員が中に入った写真をSNSにあげて炎上したことがあった。今年に入ってからはコロナワクチンの低温保管でトラブルがいくつもあった。スエズ運河の事故で足止めにな…

「時間への敬意」を描くということ――呉明益『自転車泥棒』を読んで

呉明益『自転車泥棒』(文春文庫、訳/天野健太郎) 小説家で自転車マニアの「ぼく」が1台の自転車と再会する。それは父が乗っていたもので、20年前に父と一緒に行方がわからなくなっていた。自転車のたどった軌跡を追いかけながら、持ち主たちやその家族…

将棋ノンフィクションを読む04――『師弟』、『絆』

棋士にはみな師匠がいる。将棋界には師弟制度があって、プロの世界に入るには弟子入りをすることになる。最近どこの業界でもタテの関係の難しさが目立つけれど、将棋界は外から見ていていいなぁと思うことが多い。 たとえば地上波で放送されるNHK杯には、解…

たぶんまだないけど読みたい本の話

読みたい本はたくさんある。冊数のこともそうだけど、それらの本がどんな状態にあるのかにも注意を向けてみてみたい。 まず読みかけの本がある。本棚にいれてある本、あるいは電子端末に保存した本がある。読みたいの中には未読と再読がある。まだ持っていな…

アイニッサ・ラミレズ『発明は改造する、人類を。』

アイニッサ・ラミレズ『発明は改造する、人類を。』(訳/安部恵子、柏書房)をたいへんおもしく読んだ。人類の発明をあつかった本はたくさんあるけれど、あまり注目されていないエピソードを拾い上げているという印象。有名な物語の陰にかくれた発明者を描き…

『二つの文化と科学革命』、『科学で大切なことは本と映画で学んだ』

文系と理系の話で、いまの日本から離れたものをということで、C・P・スノー『二つの文化と科学革命』(訳/松井巻之助、みすず書房)を読んだ。この本は3部構成で、表題の講演、講演の反響を受けてのコメント、第三者の解説とならぶ。ボリュームにすると1:…

2021年上半期に読んだ本ベスト10

今回はノンフィクション5冊、フィクション5冊ということで選んでみました。読んだ数は60~70冊で普段と変わらずですが、ノンフィクションの方でサイエンス系が多かった気がします。 まだ紙で読んでいる、という記録に ノンフィクション ポール・J・ス…

イアン・ハッキング『記憶を書きかえる』

イアン・ハッキング『記憶を書きかえる―多重人格と心のメカニズム』(訳/北沢格、早川書房)を読んだ。多重人格という現象を入り口に、記憶についての普遍的な議論へと展開していく。1995年の本ではあるが、SNS以降にもつながるような興味深いテーマが書かれて…

「足がつる」がわからない

「足がつる」を意識しはじめたのは、小学校の低学年くらいだっただろうか。まわりでぽつぽつと、この言葉を聞くようになった。それは水泳の授業だったり、野球をしているときだったりした。 足がつった人はその場で止まって足をおさえ、とても苦しそうにして…

『「第二の不可能」を追え!』、『トポロジカル物質とは何か』

ポール・J・スタインハート『「第二の不可能」を追え!』(訳/斉藤隆央、みすず書房)を読んだ。理論物理学者である著者が、ありえないといわれていた物質を30年にわたって探求する過程を描いたノンフィクション。科学の良さがつまった好著だった。 私は早くか…

本を2冊ならべて~『人文的、あまりに人文的』、『読書は格闘技』

ブログを始めてから4年が経った。月一のペースとはいえ、自分でも意外なほど続いている。なにが良かったのだろうかと考えてみると、"しばり"をいれたことだと思う。 連想をきっかけに、本をつなぐように書くこと。これが思いのほか楽しい。なんとなくの連…

『恋するアダム』、『レンブラントの身震い』

イアン・マキューアンの新刊『恋するアダム』(新潮クレストブックス、訳/村松潔)がでた。原題は"Machines Like Me"。人工知能がテーマの小説ということで興味をそそられて早速読む。 舞台になるのは、この世界とは別の歴史をたどった架空の1982年ロンドン…

将棋ノンフィクションを読む03――『証言 羽生世代』、『不屈の棋士』

だれもが知る棋士、羽生善治の世代には何人もの強豪棋士がいる。いわゆる羽生世代はなぜこんなにも強いのだろう?大川慎太郎『証言 羽生世代』(講談社現代新書)はこの問いの答えを追い求め、棋士たちにインタビューした記録である。 羽生善治、佐藤康光、…

2020年下半期に読んだ本ベスト10

半年ごとに書いている恒例のベスト10。今回はノンフィクションが多めになりました。 ノンフィクション 東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ) 「知の観客をつくる」というミッションで、株式会社ゲンロンを経営した10年の記録。それは戦記と呼ぶにふさ…

アセモグル&ロビンソン『自由の命運――国家、社会、そして狭い回廊』

前作『国家はなぜ衰退するのか』に続いて、たいへんな力作。前作では国家のもつ制度を包括的/収奪的という区分けで整理し、国家の繁栄とのかかわりを論じた。本書はその枠組みを発展させながら、人々の自由というテーマを扱っている。 本書の主張をシンプル…

『記憶のデザイン』、『独学大全』

近所の本屋に閉店のお知らせが貼ってあった。いまの部屋に引っ越してきてからの数年間、よく足を運んで本を買った店だ。特に目的もなく本棚を眺めるのも好きで、お決まりのコースができていた。 まず入ったら右に歩いて、雑誌コーナーへ向かう。なにかしら気…

将棋ノンフィクションを読む02――『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』、『天才 藤井聡太』

今年の7月、藤井聡太七段は早くも2回目のタイトル挑戦をしていた。相手は、前年に最年長で初タイトルを獲得した木村王位。最年少と最年長、対照的な組み合わせになった。樋口薫『受け師の道 百折不撓の棋士・木村一基』は、木村の修業時代からタイトル獲得…

『統計の歴史』、『急に具合が悪くなる』

今年ほど、統計を意識させられる年もない。感染者数、陽性率、重症率、再生産数などの数字が毎日更新される。都道府県ごとのマップが作られて、時系列のグラフが作られる。初期に起こった、検査数と偽陽性をめぐる議論も、直観ではとらえにくい統計の話だっ…

「その2人の関係」としか、言いようがない

角田光代『キッドナップ・ツアー』という夏休み小説がある。夏休みの初日、小学生のハルは外を歩いているとき、父親に「ユウカイ」される。それから二人はさまざまなところへ行く。買い物をして、海へ行って、宿で泊まる。ある日は公園でキャンプをする。ま…

2020年上半期に読んだ本ベスト10

ノンフィクション 東畑開人『居るのはつらいよ』(医学書院) 臨床心理学の博士課程をでた著者は、沖縄のデイケア施設で仕事につく。待っていた業務は思っていたものとは違っていた。それはセラピーとケアという言葉で整理させる。学んできたのはセラピーだ…

『都市は人類最高の発明である』、『アナログの逆襲』

最近は自宅で過ごす時間が多い。わりと普段からインドアではあるが、よく行っていた本屋が閉まっていたりすると途端に不自由になった気がする。いつも本屋に助けられているなぁと思う。こういうときは本棚をながめて、気になった本の再読をはじめる。自然と…

将棋ノンフィクションを読む――『純粋なるもの』、『透明の棋士』

将棋を見るのが好きなので、自然と関連する本に手がのびる。読書が趣味だと、別の趣味とすぐリンクするのがいい。というわけで、将棋のノンフィクションを立て続けに2冊読んだ。とても良い体験だったのでそのことを書いてみる。本を読んでいると、棋士たち…

『数量化革命』、『測りすぎ』

言葉じゃなくて数字で示せ、とか、定量的な説明を、とか言われがちな昨今。数値にするとたしかにわかりやすい。ドラゴンボールのスカウターしかり、 PSYCHO-PASSしかり。将棋のネット中継が好きでよく見るのだけど、ソフトの評価値が画面にでていると初心者…

『情動はこうしてつくられる』、『幸福の遺伝子』

リサ・フェルドマン・バレット『情動はこうしてつくられる』(訳/高橋洋 紀伊國屋書店)を読んだ。この本は、人の情動はどのようにして生まれるのかという問題を最新の科学をもとに解説する。一般に情動は受動的にもたらされると考えられているが、著者は異…

オイディプス王をめぐって~『不道徳的倫理学講義』、『論理の蜘蛛の巣の中で』

本を読んでいて印象的な引用があると、ほかの本での言及が思い出されて本棚を見渡すことがよくある。聖書やギリシャ神話は頻出するので、読んだらもっといろいろ楽しめるのだろうなぁと思いつつ手が伸びない。あまりにも言及されるので、ぼんやりとはわかる…

2019年下半期に読んだ本ベスト10

半年ごとに書いているベスト10。今回もフィクションから5冊、ノンフィクションから5冊を選んでみた。フィクションのかたより方がひどいが、こればかりはしかたがない。早川SF強し。 フィクション テッド・チャン『息吹』(訳/大森望 早川書房) 『あなた…