マイケル・ルイス『かくて行動経済学は生まれり』

マネー・ボール』を書いたマイケル・ルイスの新刊がでた。それが行動経済学の源流となった二人の心理学者の物語となれば読んでみたい。と思いつつ、なんでそのテーマ?とも思った。なぜなら、マイケル・ルイスの主戦場は、『世紀の空売り』や『フラッシュ・ボーイズ』といった金融市場のノンフィクションというイメージがあったからだ。

かくて行動経済学は生まれり

かくて行動経済学は生まれり

 

その答えは序章にある。はじまりは『マネー・ボール』に寄せられた書評(*1)だった。『マネー・ボール』のストーリーは、メジャーリーグで採用されていた戦略の不合理性をデータによって塗り替えていくというものだった。そのような不合理性は二人の心理学者によってすでに研究されているというのが、書評の指摘だった。二人の心理学者というのは、ほかでもなく本書の主人公エイモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンである。

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2017年上半期に読んだ本ベスト10

上半期も終わりということで、振り返って、良かった本を10冊選んでみました。

フィクションから5冊、フィクション以外から5冊で順不同です。

G.K.チェスタトン『木曜の男』

 初チェスタトン。いちばん衝撃を受けた。スパイもの、ミステリ、幻想などジャンルを横断する面白さ。

木曜の男 (創元推理文庫 101-6)

木曜の男 (創元推理文庫 101-6)

 

 

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國分功一郎『中動態の世界――意志と責任の考古学』

 人はどれだけ能動的なのか。意志というものは、たえず働いているのか。そんな疑問から本書は始まる。難しい話ではない。日常によくあることだ。いま酒を飲んでいるのは、意志によるものなのか?ゲームをやり続けてしまうのは?「強い意志をもて」ってどういう意味?

ここであげた例は、誘惑に対抗する意志のような構図だ。そこには、能動と受動という対立があると考えてしまうが、本当にそうなのか。

なぜ能動対受動という対立を考えてしまうのか。その要因は、言語の文法に見出せるという。そのまま、能動態と受動態である。

そのような言語のあり方が思考の可能性を規定するという考えのもと、文法の歴史をさかのぼっていく。この過程が非常にスリリングでおもしろい。そこで探り当てたのは、いまはもう失われた中動態というもの。それは能動でも受動でもない。かつては、能動態は受動態との対ではなく、中動態と対になっていたのだ。この対は、主語が、動詞によって示される過程の外にあるか内にあるかで区別される。

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テクノロジーと秩序~G.K.チェスタトン『木曜の男』、イアン・ゲートリー『通勤の社会史』

G.K.チェスタトン『木曜の男』の冒頭を紹介するとこんな感じになる。
とあるきっかけから、主人公は無政府主義者の秘密結社にたどり着く。見事な立ち回りの末に、指導的立場を得る。首脳の会議は7名からなり、それぞれに曜日の名前がついている。主人公は木曜。初参加となる会議で、皆から恐れられている議長=日曜は「この中に裏切り者がいる」と言う。会議に緊張が走り、メンバー同士の探り合いが始まる・・。

木曜の男 (創元推理文庫 101-6)

木曜の男 (創元推理文庫 101-6)

 
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ボケとツッコミから考える~『勉強の哲学』、『一億総ツッコミ時代』

千葉雅也『勉強の哲学』(文藝春秋)を読んでいて、槙田雄司『一億総ツッコミ時代』(星海社新書)を連想したという話。

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 

人生の根底に革命を起こす「深い」勉強、その原理と実践。勉強とは、これまでの自分を失って、変身することである。だが人はおそらく、変身を恐れるから勉強を恐れている。思想界をリードする気鋭の哲学者による本格的勉強論。 

一億総ツッコミ時代 (星海社新書)

一億総ツッコミ時代 (星海社新書)

 

 ツイッターで気に入らない発言を罵倒し、ニコ生でつまんないネタにコメントし、嫌いな芸能人のブログを炎上させる。ネットで、会話で、飲み会で、目立つ言動にはツッコミの総攻撃。自分では何もしないけれど、他人や世の中の出来事には上から目線で批評、批難―。一般人がプチ評論家、プチマスコミと化した現代。それが「一億総ツッコミ時代」だ。動くに動けない閉塞感の正体はこうした「ツッコミ過多」にある。「ツッコミ」ではなく「ボケ」に転身せよ。「メタ」的に物事を見るのではなく「ベタ」に生きろ。この息苦しい空気を打破し、面白い人生にするために!異才・槙田雄司(マキタスポーツ)による現代日本への熱き提言。

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いま、紙の本について~『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている』、『文体の科学』

 電子書籍が登場してからというもの、ずっと考えていることがある。電子書籍だとうまく読めない、紙とは何かが違う。その何かとはいったいなんなのか、いつも名指せぬままだ。なぜか紙の方がしっくりくる。慣れの問題だろうか、それとも。短い記事ならスクリーンでも読めるが、数十ページはきつい。

 

どうやら記憶しやすさと関係があるのではないか、というヒントを見つけた2冊の本について書いてみたい。

まずは、佐々涼子『紙つなげ!彼らが紙の本を造っている』(早川書房)。東日本大震災で被災した日本製紙石巻工場が復興する過程を描いたノンフィクションである。

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